第11話 お前を甲子園に連れて行ったら・・・

 東東京大会、決勝戦。スタンドでは後輩たちがメガフォンを片手に声援を送ってくれる。僕はベンチ。念願のベンチ入りを果たしている。マネージャーとして。

 スコアを付けながら、選手に声かけもする。

「さっきの送球、良かったぞ!」

とか、

「惜しい、惜しい。ドンマイ!」

三振の選手には、そんな風に声をかけたりした。

 初回から投げ続ける戸田、もとい遼悠は、5回を投げている途中から、コントロールが乱れだした。

「どうしたのかな。疲れが出たかな。」

僕の横で、監督が腕組みしながら言った。控えの投手はいるけれど、まだ1年生。決勝戦で初登板は想定していないに違いない。

 そうだ、遼悠は手に豆が出来ているし、爪も割れがちだった。もしかしたら、そういったことが原因で乱れているのではないか。

「監督、遼悠の手を見た方がいいと思いますよ。もしかしたら手当が必要かもしれません。」

僕がそう言うと、監督は僕の顔を見て片眉を上げたが、

「うーん。」

と唸るだけで、タイムを取ることはなかった。

 一度フォワボールを出したものの、その後は打たせて取る手法で何とか得点を与えず、5回を終えた。

 ベンチに戻ってきた遼悠を僕は呼び止めた。

「遼悠、手を見せて。」

遼悠は黙って右手を出した。ああ、やっぱり爪の間から血がにじんでいる。

「ほら、血が。」

「平気だよ。」

「ダメだよ、絆創膏貼らなきゃ。」

「じゃ、貼って。」

遼悠は僕の隣に腰掛けた。僕は後ろに置いてあった救急箱を取り、中から消毒液と綿を出し、遼悠の指を消毒した。

 すごく、痛そうだ。こんなになるまで投げて、それでもこのまま投げようとしていたなんて。視界が歪んだ。

「なんでお前が泣くんだよ。」

遼悠が小声で言った。

「だって。」

僕はちょっと鼻をすすった。

「こんなの大したことねえよ。お前が泣く事の方が痛え。」

え?何だって?僕が遼悠を見ると、

「ここが。」

と言って、自分の胸を親指で差した。

 一瞬ぽかんとした僕。よく分からないけれど、とにかく指に絆創膏を貼る。

「これでよし、と。痛むんだったら早く言えよな。」

僕が頬を膨らませて言うと、遼悠はふっと笑った。


 試合は一進一退を繰り返した。スコアは2-2。僕は祈るように手と手を握り合わせ、試合を見守った。

 9回表、うちの攻撃で3点目を上げた。よし、これで裏を抑えれば勝てる!うわ、勝ったら甲子園だぞ。僕はすごくドキドキしていた。選手たちも浮き足だっている。

「落ち着いていけ!いつも通り、平常心だぞ!」

監督が檄を飛ばす。9回裏、こちらは守りなので、選手がグラウンドへ散らばっていく。

「瀬那。」

遼悠が行く前に僕に声をかけた。

「何?」

「お前を甲子園に連れて行ったらさ・・・お前は俺のモノになれ。」

「は?・・・なに、言って・・・。」

僕は思わず瞬きを繰り返した。だって、俺のモノって何だよ?どういう意味だよ?

「断られたら、負けちゃうかもなー。」

遼悠、冗談言うやつだったのか?だけど、今そんな事言うの、ずるいじゃないか!負けたら困るんだよ!

「わ、わかったよ!」

「俺のモノになってくれるか?」

遼悠、意外にまじめな顔で言う。

「勝ったら、だぞ。」

「了解。」

遼悠はニヤっとしてから、マウンドに向かった。

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