第38話 光の先に

うっすらと光が見える……青い水の底……深く深く沈んでいく……


自分の髪が水中に揺らめいている……身体にはもう力は残っていない……


そして抑制出来なかった感情……殺意も消えていた……


夢のような感じだった……現実感などまったくない。


でも僕は確かに人を殺した……喜びながら。


そして焼かれた、全ての細胞が灰になるまで、炎は僕の身体から消えなかった。

全てを消滅した僕は揺らめきながら、水の中を漂っている。


(ここは? これこそ夢なのか?)


上方を伺うと、遥か頭上にきらめく光がある……ゆっくりと動く光の波。

真下は底が見えない……黒くて深い。

静かに沈んでいく僕の身体……でも不思議に怖くはない。

何故ここにいるのか思い出せない……でも不安はない……息も苦しくない。


不思議だった、水中に沈み込む僕は安堵していた。

(僕はどこまで沈んでいくんだろう)


僅かな水の流れを感じた。このまま何処かに流されていくのもいい。

光り輝く水面は遙か上にある……浮かび上がるのは大変そうだ。

(もう疲れたよ……ケルブ)


僕は全ての力を抜いた……

緊張を無くした身体の四肢は広がり、ゆらめきながら速度を上げて沈んでいく。


(もういい終わろう……そして……僕には悲しんでくれる人もいない)


深く深く、沈んでいく青い青い影の底へ……透明になっていく意識。

コポコポ……小さな泡が顔にあたった……一つの古くて懐かしいビジョンが浮かぶ。

まだ小さな僕が家族と共に、吊橋を渡ってたどり着いた渓谷。


家族一緒の小旅行。うかれた僕は足を滑らせて川に落ちた。

すぐに、両親と兄貴が川に入り、流される僕を追いかける。


(みんな……すごく慌てていた)


身体はまったく自由が効かないが、僕の口元は緩む。


(フフ……僕より家族が慌てていた)

服のまま川に入った、父親と兄貴、掴まれた手、抱きしめられた身体。

その感触と暖かさが、沈み込む僕の身体に伝わる。

(そうか……見ていてくれたんだ……一人じゃなかったんだ)


瞳を開き身体を上に向けると、光り輝く水面は遙か上にある……

動かない身体に力を込める。少しずつ上にあがる右手、水をかき寄せる。

漂う僕の姿勢が変わり、仰向けになった先に眩しい光があたる。

僕はその光に向かって泳ぎ始めた……。



「……気がついたみたいね」

 聞き慣れた声が聞こえた……目が良く見えない……身体も動かない。

 僅かに身体が水に触れている感触が伝わってくる。

「……ここは……まだ川の中なのか?」

「ここは研究所の中よ」

 聞き慣れた声、少女の姿を探して身体を無理矢理起そうとする。

「まって! 今あなたの身体は再生中なの」

「どこだ、君はどこにいるんだ? また映像だけなの?」


 視界を失った僕は、動くことも出来ずに、ただ首を左右に動かして少女を探す。

「もう少し回復しないと……今は動かないで。じっとしていて」

 僕の手を握った小さな手の感触。


「居たんだね、やっぱり君は存在したんだ」


「ええ、やっと逢えたね」

「それは僕の台詞だよ」

 早く少女を見たい、僕は見えない目で彼女を追う。


「フフ、そうね。まずは回復に集中して」

「分かったよ。でも何処にも行かないでよ」

「うん、分かった。あなたの側に居るから、力を抜いて何も考えないで」


 少女の言葉に従い、全身の力を抜き自分の再生を待つ。

 少しずつ身体の感覚が戻ってくるのが感じられる。

 水に浮く体感もハッキリとしてきた。


「もう少し、そのままで」


 少女の言葉どおりに、目を閉じたまま身体の力を抜き……ただ漂う。

 僕の手を握る小さな手の感触はハッキリして、それが僕を安心させる。


(やっぱり、赤い瞳の少女はここにいたんだ)

 

 再生が進む僕の身体……だんだん意識と身体の感覚が戻る。

「やっと少女と逢える……」

 その嬉しさを感じ始めると同時に、感じ始めた不快な身体に触れる感触。

(生臭い匂い)纏わり付くドロリとした感触。

 僕を囲んだ液体は水ではなかった……

 それは腐ったコールタール、鼻につく重い液体。


 僕が見る夢と同じ……血の匂いと鉄の味がした。

「もう、大丈夫よ」

 少女の声で目を開とく……そこには目の前に広大な血の海が広がっていた。

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