第37話 閃光と破壊
「ハァハァハー」
極度の緊張で大量の汗が流れて呼吸が乱れる。漏れる八人の呼吸音。
「グリーンもどれ! 血天使の捕獲は断念する!」
危険だと俺が叫び、先行していたグリーンチームは後退を開始した。
先行していた分だけ、ほんの少しだけ後退が遅れたのを〈僕〉は逃さなかった。
バシーン、もの凄い衝撃を受けた、グリーンの隊員の先導役の右肩が吹き飛ぶ。
「ぎゃああ!」
床に崩れ落ちる隊員の叫び声で、立ち止まったグリーンチームに、ぐちゃぐちゃに砕かれなぶり殺しにされていく仲間が見えた。
仲間を殺された怒りから後退命令を忘れ、その場で立ち止まり攻撃姿勢をとる三人。〈僕〉は既に人の形を成してない肉塊を飽きた玩具のように床に落とし、グリーンチームを嬉しそうに見た。
「だめだ! 立ち止まるな! 後退しろ!」
俺が懸命に叫ぶがグリーンチームは止まらない。
「この化け物め! よくも仲間を……殺してやる」
グリーンチームは、一斉にアサルトライフルをオートにして弾丸を撃ち込む。
数百もの弾丸が〈僕〉に打ち込まれていく。
三人の弾倉が空になり一斉射撃が止んだ。
大量の赤い体液を流しながら、膝から床に崩れた〈僕〉
「いまだ! 戻れ!」
だが俺の言葉は完全にヒートアップした、グリーンチームには届かない。
「とどめを刺してやる!」
グリーンチームは空になった弾倉を、全員同時に装填を開始する。
一人の隊員が銃弾の装填を終え、前方にライフルを構えた。
「あれ? おれのライフルは?」
目の前にある筈のライフルが床に落ちて、大きな金属音を響かせた。
切断された自分の手は、床に転がったライフルをしっかりと握っていた。
「オレの手、手が無い!」
急速に近づく者に視線を上げた時、目の前に白い刃、露出した血天使の骨が迫った。隊員は驚きの表情のまま、斜めに顔が切られ半分が床に落ちた。
〈僕〉は笑い声を上げて、残った二人へ近づいた。
目の前で一瞬で切り裂かれた仲間を見た二人は、血天使の凶暴な力にライフルを構える事さえ出来ずに震えていた。
舌なめずりをしながら、動けない二人を楽しみながら次々と切り裂く〈僕〉
その血の惨劇を黙って見ているしかない、残されたレッドチームの四人。
さっきまで一緒に冗談を言っていた同僚が、叫び声を上げながら、空中に破片を飛ばし、肉の塊まりに変わっていく。
声を押し殺しライフルを構える手は震え、胃から嘔吐物が上がってくる。
グリーンチームの四人を、血と肉の塊にした〈僕〉がこちらを見た。
まだ獲物が居ることに喜び、笑顔をたたえて、両手を伸ばしながら……ゆっくりと近づいてくる。
「こんな……こんな事が有るはずない!」
思わず呟く若い隊員。
負けるはずがない作戦、ハンターは我々人間の方で、血天使はターゲットだったはず。
最新の血天使用にカスタマイズされた装備。
だが予想を遙かに超えた、血天使サードの人間を越えた能力。
血天使こそ人間を狩るハンターだったのだ。
若い隊員はうわごとのように話を続ける。
「問題は生かしたまま、サードを回収出来るかどうかだった。最新のしかも血天使用にカスタム化された装備の三チームが全滅など、あり得ない」
全員が絶対的な恐怖を感じて動けない、俺は壁に背をつけたまま大きな声で叫んだ。
「何をしている! 構えろ! 撃て!」
俺の言葉に我を取り戻した三人は、日々の訓練で身につけた反射にも似た動作を開始。目標物の破壊を開始した。
同時に、四つのM4A1-Eアサルトライフルのフルオート射撃が始まった。
血天使に打ちこまれる大量の弾丸。跳弾が壁や床に当たり青白い閃光を放つ。
ライフルの放つ発射の光と合わさり、フラッシュのように部屋が明るく瞬く。
右腕、左足を吹き飛ばされながらも〈僕〉は笑いながら近づいてくる。
そして手前の隊員へと手を延ばす。
「うぁああああ、助けてくれ!」
腕を捕まれた隊員を壁から剝がし〈僕〉は自分の胸に抱えて盾にする。
フルオートで撃ち出される、止まらない銃弾が隊員に次々に命中する。
吹き飛ぶ血しぶき、仲間を砕く予想外のシーンに、引き金が絞れなくなり一瞬、銃弾の嵐は弱まった、そしてフッと〈僕〉の姿が消える。
ターゲットを失い、辺りを見渡す隊員の首が一つ跳んだ。
横を見た隣の隊員の銃を腕で弾き、首に手をかけた〈僕〉は、パニック状態の隊員の顔を見て、大きく口を開いてニヤリとする。獲物を追い詰めた喜びに満ちた表情。
カチャ、その背後から、俺は五十口径の巨大なハンドガン、デザートイーグル改を構えた。
安全装置の解除音に反応して、笑顔のまま、首だけを180度回して俺を見る〈僕〉その瞳には人間性はまったく感じられない、紅い瞳はただ殺す楽しみに潤んでいた。
「くたばれ……化け物!」
こちらを向き終わった〈僕〉の眉間を狙い、引き金が引かれ、巨大なマグナム弾が〈僕〉を後方の壁に叩きつける。
両手で拳銃を構え直し〈僕〉の頭を狙い連続で引き金を引く。
凶暴な銃砲が廊下に響き続け、全弾を打ちつくしたデザートイーグルは停止した。
硝煙と血の海の中、ピクピクと動く〈僕〉の形を無くした頭部が再生を始めていた。想像を絶するグロテスクな姿と生命力に、俺は完全に恐怖に捕らわれる。
ベルトのホルダーを開けて、戦車すら破壊する収束手榴弾を手に取り、生き残った隊員へ短く叫ぶ。
「向こうだ走れ! 急げ!」
傷口を押さえながら、生き残った隊員が、俺の指す非常口へ必死に走る。
「早く、急げ、急げ、急げ!」
<僕>は再生中の血だまりの、どす黒い頭部を揺らしながら、原型を留めない身体で立ち上る。
顔だった部分に開かれた穴が大きくなっていく……
〈僕〉の口が大きく開き笑っていた。
カチ、後ずさりながら俺は狙いをつけ、手榴弾の安全弁を抜いた。
笑いながら、手を伸ばし近づいてくる〈僕〉
収束手榴弾を前方に投げ込み、振り返り非常口へ走り出す。
数秒後に、後方から爆発が起こり、閃光と火炎がフロアを包んだ。
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