第25話 少女の答え
「あなたには見えた?……つまり、僕以外にも同じ事をしている?」
少女と親しいのは僕だけ、と思っていた僕は戸惑った。
僕の声が大きくなり、何事にも関心を持たなかった心がざわめく。
「どうしたの? いきなり大きな声を出して。何が気に入らない事でもあるの?」
首を横に振り否定する。
「何もない。ただ……君が他の人と……なんでもない!」
ため息をつき、少女が赤い瞳を開いた。
「もしかして、ヤキモチをやいてくれているの?」
「そんな事はない! だいたい君は人ではないかもしれない……何がおかしい?」
真っ赤な顔で否定する、僕を見て笑った少女。
「うふふ、ありがとう。あたしは嬉しいわ。人ではないかもしれない、そんなあたしに、あなたが好意を持ってくれてね」
「だから違うって……」
「あたしはあなたが好きよ」
いきなりの少女の告白で僕の言葉が詰まる。
「な、なにをいきなり……」
「あたしの事は嫌い?」
ますます赤い顔になった僕を見て、答えが分かった少女は微笑む。
「ありがとう……でもごめんね」
「な、なんにも答えてないのに……ありがとうってなんだよ……それに……なんで謝るんだ」
好きとか愛しているとか、一生言う事は無いと思っていた。
(こんな時はどう言えばいい!?)
戸惑いながらも僕は精一杯、自分の気持ちを伝える。
「た、確かに……僕も……いいなって……君の事を……」
僕の言葉で少女は、今度は困った表情を見せる。
「なんでそんな顔をするんだ。さっきの言葉はウソなのか? さっきの、ごめんって、誰か他に好きな人でもいるの?」
僕は生まれて初めて他人へ、不完全な言葉だけど好意を伝えた。
その結果、少女の曇った表情。自分が否定された気持ちになる。
「冗談だった? からかっただけなのか!」
「そんな事ないわ……好きよ、あなたが。そしてあたしの使命が果たせる。身体が戻ってくる。そしてあなたは……試練の階段を登り始める」
「試練の階段?何の事?」
少女は首を横に振った。
「あなたはそれを理解する必要ない。世の中は知らない方が幸せな事がたくさんあるの」
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それから数日、ケルブ、赤い瞳の少女は僕の前に現れなかった。
そして赤いビジョン、鉄の味のする夢も見ない。
赤い目の少女が全てを知っている、だが、少女は僕に真実を話すのを拒んでいる。
「知らない方がいい」彼女は言っていたが、では何故、切れ切れに情報を僕に与え続けるのだろう。それが苦痛にも見える。
誰かに洗脳されているのか?
洗脳というより、彼女がアプリなら、何かの目的で造られた筈。
そして、その目的はこの僕に関係する。
「でも……何故僕が……」
この世界に不必要な人間である僕。第三者的に見れば、ケルブは僕の関心を引き、何かさせようとしている。しかし、何故か彼女は、最後の目的の実行を拒んでいるように見える。
「分からない、何が起ころうとしているのか。そして全てをケルブに聞く事が正しいのかも」
僕の簡単な思考では解決するわけもなく、簡単に袋小路に入り込む。
ベッドに倒れ込み、スマホをポケットから出して、アプリを起動する。
“バージョンが違います。アップデートを行ってください”
ケルブは現れず、アプリのアップデートを促す画面が表示されるだけ。
「ふぅ、ゲームでもケルブはいない。街の道具屋の娘もいつものNPCだったし」
スマホのアプリストアーで、何度かバージョンアップを試みた。
だが、ケルブのアプリは存在せず、僕自身もどうやってダウンロードしたか覚えていない。
「全ては僕の妄想……それか夢」
僕を理解してくれる女の子、例え作り物だとしても、プログラムだとしても、存在する方が不思議だ。ケルブは僕を特別だと言ってくれたけど。
「そんな事、信じられるわけない。それに僕は夢など持っていない」
ベッドの上で向きを変えて、左側に身体を傾ける。
「そう、僕には選択肢など無い。いつもこうして、流されるだけ」
ケルブに好意を伝えた。それは生まれて初めての事であり、これからもあるかどうか分からない。
「僕は判断したんだ。例え彼女が何者でも、僕は好きになった」
人を好きになった事が無い僕には、今の心がざらめく感覚は、辛かったし、どうしていいかも分からなかった。
「何も知らなければ……知ろうとしなければ良かったのかな」
そしたら少女とずっと一緒に……選択肢を選べなければ。
「選択肢……そういえば、彼女が最後に出した選択肢!」
深夜に起動したケルブは、僕に聞いた“あたしが見える?”
「あの時、寝ぼけながら“はい”を押した……その後……ケルブは……」
スマホの設定画面を開きデータ容量を確認する。
「8Gバイトのデータが増えている……やっぱり」
あの後、僕が寝てしまった時、少女が何かを話していた気がした。
それは微かでゆっくり、僕の眠りを妨げる事は無かった。
「この8Gバイトに彼女の言葉が入っている」
もしかしたら、これは罠なのかもしれない。
でも、彼女の表情を見て僕は信じたくなった。
そして、何より僕は、既に選択している、彼女を見えると答え、そして彼女と一緒にいたいと選択したんだ。
ケルブのアプリを起動して、静かにゆっくりと画面にタッチした。
まるで、画面の向こうに少女がいるように。
画面の中央に出ていた「アップデート」の文字が消え、ダウロード中のメッセージ。
そしてアプリは自動的に再起動。その画面にメニューが増えていた。
“wish”願いと書かれたボタンをタッチする。一瞬、画面が赤く染まり、少女が現れた。
録画された、少女の言葉が、僕の選択した物語の序章を語り始めた。
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