第21話 おまえは用なし

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ゲームのログイン画面からIDとパスワードを入力した。

画面が切り替わる。砂漠の谷の小さな町。


「げっ、ここは……そうか! あいつとパーティー組んで砂漠に居たんだっけ。そこでログアウトしたから……帰るのが面倒だな」


 このゲームはフィールドが広大で、移動するのにも時間が掛かる。

 移動魔法を使えるジョブがいれば、一瞬で町へ飛べるのだが、オレのジョブはモンク、殴るのがメインのジョブ。

 移動用アイテムも存在するが、無精なオレは消費アイテムの管理などしてない。それでも一応アイテムを確認してみる。


「移動用のアイテムは……やっぱり持ってないなあ。しかもアイテムが一杯か。今日は道具屋にアイテム売って寝るかな」

 どうやら歩いて帰るしかなさそうだ。誰もいない町を歩き道具屋の扉を開く。


「いらっしゃい」


 道具屋の娘がオレに声を掛ける。物語用のお人形キャラ。同じ動作同じ言葉しか言わない。

「今日は、お買いもの?それとも、大事な物をお預かりかしら?」

 聞きなれたセリフの後に“販売”のボタンを選択する。

 その時、再び声をかける娘。


「今日は遅かったのね」

「うん? 初めて聞く台詞だな」

 少女は笑い、おかしなイントネーションで、オレには理解出来ない事を話し始める。

「すぐに、私・を・助・け・に・来・て」

「なんだと?」

 驚くオレに、道具屋の娘が「微笑む」モーションをした。

 道具屋の娘の姿は、青い髪のツインテールそして赤い瞳に変っていた。


「おまえは……新しいNPCか?」

 こちらを見て首を傾げる、青い髪の少女はまたおかしな韻を込めた言葉を放つ。

「さあ、すぐに、私・を・助・け・に・来・て」

 彼女の言葉は、初めて聞いたのに、何度も聞いた事のあるものに感じられた。

「……場所は分かるでしょう?」


 オレには、少女の言っている意味がまったく解らない。


「助けてくれ? 場所ってどこなんだ?」

「ふふふ」

 少女が笑いだし、そしてつまらなそうに呟く。

「分らないのね……残念だわ」

「何のことだ? 何がおかしい?」

「ふふふ、こいつも……用無し」

「……何を言っているんだ?」


 少女に聞き返した時、オレの意志とは関係なくスクッと立ち上がった身体。

 自分の意思がないまま、着替えを始めるオレに不安が大きくなる。


「どうなっているんだ! おまえは何者なんだ!?」


 大声で叫ぶがその声は音にならなかった。

「どうしたんだ……オレの身体は……これは……いったい」

 だんだんと意識が薄くなるオレに、ゲームの少女が、可笑しそうに話を始めた。

「無駄よ、もう遅いわ」

「何が遅いんだ?」


 眠りにつく寸前のように、意識は重くなり思考が働かない。

 でも不思議な事に少女の言葉だけは、ハッキリと頭の中に響く。

「サブリミナル効果って知ってるかな? あたしのは、スプラリミナル知覚だけどね」

「サブリミナルって暗示をかけるやつだろ? 映画のコマにコマーシャルを入れたりする」

「アハハ、そう結構物知りね」

「もう一つは、知らない」

「そう……つまりね、あなたにはっきりと見せて、そして自覚させているの。ゲームの世界に長い時間滞在するあなたみたいな人を、何百時間もかけて、あたしが暗示をかけている。本来ゲームには存在しない道具屋のNPCすり替わった道具屋のあたしに、あなたは毎日のように道具を預けに来たわね。毎日あたしと会話してあたしを見ていた……だからもう遅いの」


「だから何が遅い……なんだ? ダメだ眠い」

 意識がはっきりしないまま、オレはだんだんと少女の言葉に捉えられていく。

「今更、逆らっても無理。あなたは私の言うことを聞くしかない」

「何の為にこんな事をする?」

「あなたは、私を助けにくるのよ。それが出来ない用無しはいらない……フフ」


 少女の瞳は、赤く輝いていた。

 オレの意識とは関係なく動き出した身体。

「……止めろ……やめてくれ!」

 恐怖を感じる意識とは別に、オレの身体は部屋の奥、ガラス窓へと歩き出す。

「そうか……おまえが、あいつが言っていた……ケルブ」


「さあ、私・を・助・け・に・来・て!……今すぐにね!」


 ガッシャン、窓を突き破って、オレの身体が勝手に八階からダイブ。

 空中を漂う感覚の後、強烈な衝撃を全身に受けた。

 その後にグシャリ、人が潰れる音が深夜の道路に響いた。


「なんだか……温かい……」

 身体から流れ出す、オレの血がアスファルトを満たしていく。

 ガラスの破片が道路へ降り注ぎ、鋭い音を立てる中……オレは意識を失った。

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