第20話 アスタルトのリアル
「朝の四時か……少しは眠れそうだな」
オレはIT会社に勤めている。
最近ネットゲームにハマっているが、俺のキャラ、アスタルトは、ログインがなかなかできない。
昨日は新しいシステムのリリース準備で徹夜だった。
来月に動き出す金融システム、それは銀行の統合化の為に一新されるもの。
二年の期間と、多額の開発費が掛かっており、来月の本番スタートはミスが許されない。
もう三十を越えた時が懐かしい歳になったオレは、サブシステムを丸ごと任されており、この二週間は殆ど徹夜で家に帰る事も難しかった。
「あ、この辺でいいよ」
オレの言葉で会社の親しい同僚が、車を道の左に寄せた。
助手席のドアを開けながら、送ってくれた礼を言う。
「助かったよ。じゃあまた明日な……あ、もう今日になったか」
降りかけて、助手席から同僚に話しかける。
「あ、そういえば、最近ネットゲームにハマッていてさ、そのゲームで仲良くなった男の子がいるんだ」
「男の子? なんでわかるの?」
「時々、メールとか電話したりするんだ」
「ふ~ん、本当かな~? 実は女の子じゃないの?」
最近特に親しい会社の同僚が、疑いの眼差しでオレを見た。
「ないない!オレはゲームはゲームとして楽しむし、彼女はリアルで実際に会って決める」
「本当? まあ最近は、リリース準備が忙しくて家に帰ってないしね」
「そうだよ。昨日もおまえと一緒にいたじゃないか」
「まあ、そうね。一応納得した事にしておくわ」
彼女がニヤリと意味深な笑顔を見せた。
「……それでな、その男の子が最近、身の回りに奇妙な事が起こるって言いだした」
「奇妙な事?」
「ああ、血の味がする夢を何度も見たり、ゲームしてないのにレベルアップしたとか。そしてまったく知らない奴からメールが来たとかね。怯えているようなので、そのメールを転送させてオレが見てみたが、何も書かれてない。その後サーバーがダウンしたみたいで、強制ログアウトされた。その日は結局ログインが出来なかった。それからはご存じのように、仕事場に缶詰状態でゲームどころでなかった」
「ふ~ん、その男の子に、担がれているだけでしょ?三十歳を軽く越えても、ネットゲームにハマッタおじさんがね」
「フッ、年齢を言われるときついな。でもおまえの言うとおりかもな」
一応彼女も誘ってみた、まあ若い女の子には興味無いとは思ったが。
「でも結構面白いぜ。一緒にどうだ?オンラインゲーム。おれのキャラ名はアスタルト。ジョブはモンク。おまえには色っぽいクレリックなんか、やってもらいたいものだ」
「一応、考えとくわ。ただ、私は癒すより、蹴飛ばす方が向いていると思うけど?」
「ハハ、確かにそうかもな。じゃあ、送ってくれてありがとう」
助手席から降りて手を振ったオレに、新しい彼女、会社の同僚は笑って手を挙げた。彼女の車が走り出したのを見送ってから階段を上り、四階の一番奥の自分の部屋に向かう。
1DKの一人暮らし。ダイニングには机と衣装ケース、もう一つの小さな部屋にはベッドと、扉と引き出しがついた棚が一つ。ワイシャツを脱ぎ、普段の服装、Tシャツとジーパンに着替える。姿見の鏡に写るのは、どこにでも居そうな少し疲れた男の姿。
「たしかに冴えないな……彼女にも言われたし、少しはオシャレとか気をつけるか」
冷蔵庫から缶ビールを取りだすと、テレビの電源を入れた。
画面に流れる情報は、相変わらずの日本の衰退と、愚かな政治家の話が溢れていた。
「四時か……神経が立ってまだ眠くないな。久しぶりにログインしてみるか」
ITのシステム開発の仕事は身体の疲労は少ないが、長時間の労働と本番直前に襲われるスケジュールへのストレスで、神経の疲労が大きい。
今日のように特に忙しかった日は、疲れ切っているのに眠れない事も多い。
「ゲームでもすれば眠くなるだろう……あいつの事も気になるし」
一週間以上プレイしていなかった、ネットゲームを立ち上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます