第22話 裏切りの代償

 ホテルのベッドで彼女は静かに眠っている。

 僕はバイトの女の子と関係を持ってしまった。


 拡張現実の紅い瞳の少女と過ごしたネットの冒険、確かに心は満たされた。

 だが、身体は逆に少女を抱きたい欲求が高まっていく。


 触れられない少女に、身体は求めた女の肉体を、抱きしめられる存在を求めた。

 バイトの彼女はどこか、仮想の少女に似ており、その事が僕のの欲情を高めた。


 しかしリアルの女の愛は肉欲的で、想像していたものと大きく違っていた。

 幼げな少女の顔は経験豊富な女のそれになり、はげしく僕を求めてきた。

 彼女はその若さと、手練れの女のようなテクニックで、僕を求め続ける。


 何度も絶頂に達する、女の顔を見ているうちに、少女の顔が浮かんできた。


 ネットの仮想な少女とのプラトニックな愛と目の前の女との肉体の愛。

 汚れを知らないリアルで存在しない処女、実際に触れられる、処女のような顔をした大人の女。

 二人の女を思い浮かべて、僕はは最高の快感に酔っていた。


 ベッドで眠りから覚めた彼女は、煙草に火をつけて一呼吸する。


「すごく良かったわ。また会って頂戴ね」


 彼女のの話し方は、僕の女として、馴れ馴れしいものに変わっていた。


「一緒に泊まっていくでしょう? 明日は休みだしね。食事とお酒が飲みたいわね」


 僕の心に違和感が生じ、そして仮想世界の少女への罪悪感が沸いてきた。

 満足した肉体の欲情は減り、僕の心が動き出した。


「ここを出よう」

 口紅が付いた煙草を灰皿に置き、シャワーを浴びに行く彼女。

 僕も着替えを始める。


「え、あなたはだれ? なにをするの……」

 バスルームから声が聞こえた。嫌な予感がした昌治はバスルームへ走る。

「どうした?」


 扉を開けると、僕が抱きついてきた。


「驚いた? ちょっとイタズラしてみたの。一緒にシャワー浴びたかったんだ」

 苦笑いをして一緒にシャワーを浴び、じゃれ合う二人、先に彼女が外に出た。


 髪をタオルで乾かしながら、ベッドへ向かうと、紅いスマートフォンが光っていた。


 好奇心でそれを手にする彼女。

 会社でPCを使う彼女は、この手の機械には詳しかった。

 バージョンアップの通知を見て、まずは実行ボタンを押し、それからメールを見始めた。バックグランドで二分程、ケルブのOSは2.0にアップした。


 女の子からのメールを探す彼女。

 画面を見ると、拡張現実の少女のアイコンと説明書きが目に付く。


”本物の恋愛をあなたに。裏切りには……痛みを”


「何これ? 新しい出会い系かなんか?」

 好奇心からアイコンに触れて、APを起動してみる。

「何にも起こらないじゃないの」


 シャワーから出た昌治が、彼女を見て凍りつく。


「ねえ、これなに? なんにも起こらないけど……」

 彼女が僕にに見せたスマートフォンには、紅い翅が舞い、少女が写っていた。

 僕の視線に気づいた彼女は、スマートフォンを見る。

「なにこれ……紅い翅が……少女? ゲームかなにかなの? まって、今名前を呼ばなかった?」


 ”……うそつき、あいしてる、そう、いったよね“


「何これ、あなたの名前を呼ぶなんて、これAPでしょう?」

 スマートフォンの機械音ではない、人間の肉声。少女の声。

 その異常さに、気がついた彼女が、手に持っていたスマートフォンをベッドに放る。


「気持ちが悪い、なによこれ?」


 粘着性の流れる液体が、彼女の股間から流れる。

 それは太股から床に落ちて、どす黒い血の輪になって広がっていく。

 驚いた由衣の頬に、幾本もの筋が入り血が噴き出す。

 思わず顔を押える由衣の体中に、たくさんの筋が入っていく。


「え? え? え?」


 ジャキジャキジャキ、髪に筋が入り切断され、バサバサと床に落ちる。


「何? これはなに!? ぎゃあ」


 頭を押えた、彼女の両手に包丁で切られたような、深くて大きな筋が入る。

 体中の筋から血が噴き出して、真っ赤になった彼女の身体。床に落ちた両手。

 痛みと恐怖で立ったまま痙攣を続ける。

 爆破は恐怖と罪悪感で動けない、昨日少女に誓った愛の言葉。


”君が好きになったみたいだ、君だけを愛している”

”そう、わたしも、まさはる、あいしている”


「たすけて……死にたくない」

 助けを呼びながら、前に進む彼女は僕の目の前まで来た。

 彼女の首に筋が一本入り、みるみる、それが深くなっていく。

「やめろーーやめてくれ!」

 僕は叫び、スマートフォンの終了ボタンを押す。しかし、終了できない。


 画面には少女は映っていなかった。カメラを傾け少女の姿を探す。

 フォーカスを切り刻まれた彼女に合わせた時、少女はそこにいた。

 彼女の身体を左手で抱えて、右手で大きな包丁を首に押し当てる。


「よせ、よせ! やめろ!」

 僕がが近づいたとき、少女はニッコリと笑い、その手に力を込めた。

 切り裂かれた彼女の、首の気管から空気が漏れる音が聞こえ、一気に血が噴き出した。


 血だらけの純白のサマードレス、右手に持った包丁が僕に静かに向かってくる。


「うそつき、わたしだけ、そう、いった、じゃない」


 裸眼では見えない、スマートフォンの拡張現実にだけ存在する少女。

 だが、彼女は現実の世界の人間を殺す。


「ち、ちがうんだ、これはセックス、身体だけの関係なんだよ、心は君にあるんだ」

「からだだけ? こころだけ? わたしには、わからない」


 少女は包丁を振り上げ、躊躇無く振り下ろした。

 僕のの右肩が切られて、血が噴き出す。


 身をひねって逃げようとするが、追ってくる少女。

 必死に逃げる僕の脚に一本の筋が入る、脚の腱を切られた、その場に倒れ、スマートフォンを落してしまう。少女の姿が見えない。


 床を這って逃げる……身体が急に重くなった、動くことが出来ない。

 横に堕ちているスマートフォンには、馬乗りになった少女の姿が写る。

 両手で包丁を掴んで真上に高々と上げる少女、首を左右に振り抵抗する。

 その目に、恨めしそうに目を開いた死んだ彼女の顔が見えた。

 

 諦めかけた僕の顔に水滴があたった。それは少女の流す涙。


「あなたを、あいしている」

 長い髪の中から、堕ちてくる涙。振り下ろされた包丁。


「うそつき……」


 少女の言葉が部屋に響き、木枯らしのように風が舞う、拡張空間の中で赤いの羽根は舞い、そして少女と共に消えた。

 スマートフォンの電源はバッテリーが尽きて切れていた。

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