第15話 血の天使

「……つまんないなあ」


 あたしが何度目かのため息をついた時、聞き覚えのある声がした。

「そろそろ時間だよ。中に入らないとね」


 振り向くと眼鏡の男が立っている。あたしは嬉しくて彼にニコッと笑った。


「久し振りだよね。一週間ぶりくらい? 会議は終わったの?」

 私に近づきながら、眼鏡の男は答えた。

「ああ、一応は終わったよ」


 弱い日差しの中、背伸びをした眼鏡の男。

 その様子を見てあたしは、思った事を口にした。

「ふ~んそうなの……確かに大変だったみたいね」


「ああ、結構大変だった。老人達が中々納得してくれなくてね」

「でも……いい事もあったでしょう? 少し嬉しそうだよね?」


 あたしを一瞬見つめてから、笑い始めた眼鏡の男。


「フフ、まったく君は賢いね。実はさっき、この研究所の所長になったんだ」

「へえ~良かったじゃない、でも手放しで大喜びとは、いかないみたいね」


 あたしの答えに素直に頷いた後、眼鏡の男は笑いながら話を続ける。


「フッ、実はそうなんだよ。老人達は、私達の研究のスポンサーなのだが……私を所長にする代わりに、研究の早期実現を要求している、結果を早く出せとね」

「そうなの……でもおめでとう、と言っておくわね」


「フフ、ありがとう。君に言われると嬉しい、少し所長になった実感も出てきた」

「あたし?……ところで前から思っていたけど、ここでは何を研究しているの?」

「天使を探している」


「天使?」

「そう、天使だよ」

「天使を見つけて、どうするの?」

「老人達の望みを、叶えてやるのさ」

「望みって?」


「……さあ、そろそろ時間だよ。戻ろう、研究所に」

「うん。ところで、最近あたし以外の、女の子達が見えないわね」


「ああ、彼女達は家に帰ったよ」

 眼鏡をスッと引き上げて、新しい所長は無表情に言った。

「用無しだ……」


「え?」

 私が聞き返した時に、所長は私の手を取った。

「さあ、行こうか」

「うん」

 手を繋がれたあたしは、上機嫌で歩き出した。



 ……最近、あたしの身体と心が変わった。


 自分の中に何か別の生き物が、育っていくみたいな感覚。

 それは、十歳の誕生日に与えられたもの……それが原因。

 それを口に含んだ時に、血の臭いと鉄の味がした。

 嫌な顔をした私を見て、眼鏡の男が言った。


「大丈夫だよ……さあ、もう一度飲んでみようね」

 大好きな眼鏡の男の言葉に、コクリと頷いて精一杯の我慢をした。

 コップ一杯の赤い液体を飲みほす。


「ゴホ、ゴホ……」

 咽かえる私の背中を、優しく撫でた眼鏡の男。

 その日から、毎日支給された赤い液体を、むせながら飲み干す。


 そしてあたしは気付いた。

 眼鏡の男が、他の女の人と話していると、胸がざわめく事を。


 前はそんな事は無かった。それがファーストに嫉妬し、今度は生きてる人間。

 だんだん気持ちを抑えられずに、胸がザラザラと落ち着かなくなる。

 イライラする心に、自分の感情が押さえられなくなる。


 今日も眼鏡の男は研究員の女の人と、楽しそうに話をしている。

 私は思った。


(私以外の女は……ここからいなくなればいい)

 まるで大人の女が持つ嫉妬の感情。

 毎日飲まされる液体は急速にあたしを成長させていく。


……夢の中……悲鳴を上げる女を……あたしは追い詰めていた……


 逃げ場を無くした女は泣きながら「助けて」と懇願する。

 最初は嫉妬のような暗い感情が心に渦巻いていた。

 それも女の無様な様子な姿、化粧は剥げ落ち服装は乱れ、泣きじゃくりながらあたしに「殺さないで」と何度も繰り返す……無様で汚い女を見て満足していた。


 もう許してやろうと思ったあたしは「もういいわ」と呟いた。


 それなのに大きな声で助けを求める続ける女。

 理性も美しさも無くした女を見ているうちに、あたしに別の感情が芽生える。

 それは今まで味わったことの無いもの。


「なんだろう……このうるさい物は……」


 女が壊れた人形のように見えてきた。

 キーキー音を立てるそれに、もうあたしの感心は無い。


「壊れた玩具は仕舞っちゃおう」後片付けを始める。


 女の脚を払い、床に倒して、まずは右手を折った。

 「小さくしないと入らないわね」

 悲鳴を上げ必死に懇願する人形。

「……殺さないで……お願い」


 女の言葉は無視して手、足、腕、脚、首と順番に折った。


「これで入るかな……」


……その日……あたしが見た夢は……血の臭いと鉄の味がする夢だった……

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