第14話 足りないもの
人は褒めて使うべき、あたしの言葉に老人は笑った。
「クク、少し遅かったな。そいつは解放された」
「遅かった? 解放された?」
「何も期待されない幸せな時間と空間にあの者はいる」
「それって左遷させたって事? 幸せ? それじゃ生きている意味が無いんじゃない?」
「ではおまえに聞こう。生きているとは何じゃ?」
「あなたも、あたしも今生きているでしょう?そんなに珍しいものじゃないし、世の中は生きている事が普通だよ」
「ただ、呼吸して、何かを食らい、惰眠をむさぼり、世界に何の影響も与えない存在は多い。それは生きているとは言えない」
「そんな事ないよ。特別がいい、優れているものがいい、そう言いたいのだろうけど、それは人によって、見方が大きく違うの。あたしは普通が好きだなあ」
「ほう、特別なおまえが、随分つまらない事を言うな」
「特別? あたしが? それこそつまらない嘘だわ」
何も持っていないあたしの事を馬鹿にされたように思った。
だから、この老人が望んでいるが、聞きたくない言葉を口にした。
「あなたから見たら、お金も組織も持っていないあたしなんか、生きているうちに入らないでしょう?……でもね、あなたは、そんなあたしに嫉妬に似た感情を持っている」
「ハハ、そうか、儂がおまえに嫉妬している。それはいい、なかなか言い答えだぞ」
「あなたに褒められても嬉しくないけど。あなたが欲しているのは無理な願いよ」
「無理な願いか。それではお前の願いは何だ? この研究所から出る事か?」
「いいえ。ここから出てもあたしは、受け入れてもらう事は出来ない。世の中ではあたしは要らないもの。でもそんなあたしでも夢を見る。あたしを孤独から救ってくれる人が現れる事を」
「つまらんな。夢を見る? 夢など見る必要はない。力ある者は夢など見ない」
「そう? 人間はいつも夢を見て、それを叶えてきたでしょう? 空を飛びたい、月へ行きたい、病気を治したい……たとえ、神でも天使でも、そして悪魔でも、人間の夢は変えられないわ」
「なるほど、おまえの夢は、悪魔の儂でも変えられないわけだ」
「あなたを悪魔とは言ってない」
一歩近づいた老人は、あたしの顔をのぞき込む。その顔はもはや完全に人では無かった。
「悪魔が持つ金と権力の力でおまえは縛られ、ここから出る事も出来ない。そして一歩この施設を出れば、力が無いお前は生きていけない。おまえの孤独を救う者は現れない」
あたしは首を左右に振った。
「……欠けているの」
フゥウ、あたしはため息をついた。
「欠けているだと?」
「そう、あたしもあなたも、欠けている、お金も権力もそれを満たす事は出来ない」
悪魔はあたしを見て首を振る。
「儂はおまえとは違う。全てを持っている」
あたしは老人が力を誇示する程、欲しているものが分かった。
その様子を見た老人は悪魔の表情を緩め、少しだけ人間らしい表情になった。
「おまえには脅しは効かない」
老人は葉巻を口から外し右手に持ち、帽子を左手にとって軽く頭を下げた。
「何のつもり?」
あたしの問いに老人は頭を上げ答えた。
「力に従わないものには、礼して問うしかあるまい」
手段は選ばない、そして答えは直ぐに得たい。目の前の老人はそんな人間。
「そう……あなたは欠けているもの。それは一緒にいてくれる者」
「つまらん、儂と一緒にいたい者など沢山いる。おまえと一緒の望みだと?それがおまえの答えか?ガッカリだな」
「あなたの気が済む答えには、質問を変える必要がある。欠けているものではなく、あなたが欲しいと思っているものは何かと……それならこの研究所で手に入る」
「ほう、やはり少し苛立っていたらしい。短気を起こしておまえの力を見誤る所だった」
老人は自分の右手を開いて、そのしわが目立つ掌を見つめている。
「……もう、十分じゃないの?それに本当に、あなたに欠けているのは……」
「十分では無い!」
強い感情を見せた老人。始めた人間らしさを怒りで表現した。
「邪魔をしたな。おまえと話せて良かった。希望が持てた」
振り返り研究所へと歩き出す老人。
「この後はあの者に任せよう、おまえをセカンドと呼ぶ男に」
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