僕の狂い始めた日常

第16話 天使からのメール

 僕は……酷い頭痛と喉の乾きを感じる。また、あの奇妙な夢を見たようだ。

 やはり、内容は覚えていない……覚えているのは血の香りと鉄の味。


 ベッドの上、枕の横に置いた携帯電話が点灯している、メールが来ているみたいだ。


「うん? アスタルトからだ。なんだろう?」


 本文を見てみると、意外な事が書かれていた。

 “おまえ、昨日の約束忘れただろう!おまえがレベル上げしたいって言ったから、オレはずっと待っていたんだぞ!”


「え? 昨日は一緒にいたはず……」


 ベッドから急いで起き上がり、PCの電源をオンにしてゲームを起動する。

 昨日、アスタルトとゲームをした痕跡は無かった。

 だが、僕のゲームのキャラレベルは上がっている。


「こんな事って……いったい、どうなっているんだ?」

 自分のフレンドリストを開く。アスタルトにメッセージを送る為に。

 いない、フレンドリストにアスタルトがいない。


「アスタルトに嫌われたのか? もしかしてフレンドを解除された?」


 最初はそう思ったが、そうではないようだ。

 フレンドリストの様子が何か変だ。内容が全て消えている。

 アスタルトだけではなく、全てのフレンド情報が消えていた。

 いや、一人だけ名前が載っている。僕の知らない名前……


「ケルブ?」


 ”ケルブからのメッセージが有ります”

 ゲームのお知らせが点滅していた。



 “フレンドのアスタルトさんがログインしました”


 システムメッセージを確認した僕は、早速アスタルトにチャットを送り、昨日の奇妙な出来事を伝える。アスタルトは、少しムスッとしているように感じられた。


「おまえさあ、約束を忘れたからって、言い訳しなくていいよ!」

 その言葉に驚いて、僕は必死にアスタルトの誤解を解く。

「そうじゃないって! 僕はアスタルトの事が好きだから……嘘とか言い訳はしないよ!」

「うひょ、照れるから、そんな事を言うのやめれ~」


 僕に好きと言われたアスタルトは、かなり恥ずかしそうだ。

 僕もリアルでは絶対に言えない言葉だけど。


「で? ケルブだっけ? そいつからのメールは見たのか?」

「いや見ていない、なんか怖いんだ。見ないで消そうかと思ってる」


 僕が煮えきれない態度で悩んでいると、アスタルトが提案してきた。


「ならさ、それをおれに見せてみろよ。なんにも分からないのも不安じゃねえ? オレにそのメール転送しろ。中身を確認してやっからさ」


 ゲームのキャラクターには、本来人格など無い。

 プログラムが、コントローラからの信号で、規定のキャラの絵を動かすだけだ。

 だが、ネットゲームを熱心にプレイしていると思う事がある。


「ネットゲームのキャラには個性がある。同じ姿が違って見える」

 それはキャラを動かしているのは人間で、その人の心が見えるからだと僕は思っている。


「二次元のキャラに心が宿る」


 ネットゲームをしてない人には、都市伝説かもしれない。

 僕にはアスタルトが、多くのキャラに紛れてもすぐに解った。

 同じグラフィック、同じモーションでも間違いはしない。


 アスタルトは面倒見が良く、ゲームの中での兄貴分だった。

 僕にはリアルで兄がいるが縁が薄い。いや、家族で縁が薄いのは僕だけだろう。

 専門学校入学後に家を出てから三年経った。今は電話することさえ殆ど無い。

 たまに実家に帰っても、家族にうまく接する事は出来ない。


 ギクシャクする言葉と想いが、家族の中を素通りする……血が繋がった家族なのに。僕は決して一人が好きなわけじゃない。家族が嫌いなわけでもない。

 でも、一人でいる方が、落ち着くのも事実だった。


「……イタズラだったら、犯人をネットで晒してやる」


 アスタルトの過激な言葉にさえ、僕への思いやりを感じる。

 本当に頼もしい兄貴だ。少し考えたが、僕はアスタルトにメールを転送する事にする。


 フレンドリストを開けて、受信メールからのメッセージ選んだ。

 表題は無題だった。アスタルトへ転送を選んで実行、アスタルトに送信したと告げた。


「分かった。ちょっと見てみる。少し待っていろ」


 しばらく彼からの答えを待っていた。その時、画面にメッセージが表示された。


 ”フレンドのアスタルトさんがログアウトしました”

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