第10話 深夜の呼びかけ

“……君、起きて!”


 誰と話している? ここは? 今何時だ……目を開けると、薄暗い、小さなオレンジ色のランプ。身体が動かない。夢を見ている?……いや違う、顔のすぐ横に輝く紅いスマートフォン。


 APが動いている。耳鳴りが聞こえて、全身が硬直して動けない。


 金縛り……数回経験している。心霊現象じゃなく、疲れている時に起こる事も分っている。前回もそうだった。ストレスで心と身体が寸断された時だった。


 今回もそうだろう、このまま眠ってしまえば、起きる頃には全てが元通り。

 自分が幽霊のように生きる世界に戻れる。


“目を覚まして”


 再び声が聞こえた、そのハッキリした声に、目を開けると、目の前に少女の顔。

 その瞳は昌治を見ていた。馬鹿なこんな事があるわけない、深夜の部屋で少女が昌治を覗き込んで、語りかけている。動かない硬直した全身から汗が噴き出る。


 違うこれは夢ではない、この声とこの視線を送る少女は、さっきスマートフォンに写った少女。


“やっと起きてくれた”


 もし、これが超常現象でも、何も恐れる事は無い。

 人に害を与えた、人を殺した者なら、殺した者の声とその顔を見るだけで死ぬ事もあるだろう。


 それだって自責の念、幽霊が直接人を殺したりはしない、いやできない。


「君はなんだ? 幽霊なのか、それかアプリなのか」


 どうやら唇は動くようだ。身体の方は指先一つ動かせない。

 少女は大きな紅い瞳を閉じた。その顔は幼く、しかし少女特有の独特の色香を放つ。


 幽霊や幻覚にしては魅力的なものだった。年齢は十二、三歳くらい。

 幽霊や幻覚に人間の年齢が、当てはまるか分らないが。


 少女の青く真っ直ぐな長い髪が、僕の頬に触れる。

 触れられる感触がたしかにある。


 僕はもっとも怖い想像をしてしまう。


 この少女が人間で気がふれており、深夜に部屋に忍び込み、身体の自由を、いや命を奪うクスリを投与したとしたら。


 超常現象より恐怖な現実。


 身体を流れる汗は、ますます多くなり、額からも流れ始めた。


「どうなっているんだ? きみは、どうしたら消えてくれる?」


 自分では叫んでいるつもりでも、その声は微かに部屋に伝わるだけ。

 だがそれで十分だった、少女は瞳を開いて僕の前から身を引いた。


 その瞬間、体中の力が抜け金縛りがとける。


 上半身を跳ね上げ、部屋を見渡すが、少女の姿は無かった。

 だが、いる……どこかに、そんな気配が残っていた。


“またね”


 その声は手元から聞こえていた。紅いスマートフォン、その画面に少女が存在していた。それを掴み、手前に引き寄せて話しかける。


「君は、生きているのか? APなのか、プログラムなのか?」


 スマートフォンの中で動く少女のソフト、でも、さっきのは、3D映像ってレベルじゃなかった。


「すごいな、最近のAPはこんな事まで出来るのか?それにしても少し迷惑だな」

「めいわく?」

「ああ、深夜に人を驚かす、APなんて迷惑だ」

「そう、めいわく……なんだ」


 今、彼女と普通に会話が出来ている?

 そんな事はないはず、APなら決まった音声に反応するだけだろう?


「君は何者なんだ? 本当にAR技術が造りだした映像なのか?」


 少女は、美しきう紅い瞳を再び閉じて、少し俯き加減で呟く。


「わたしは、じぶんが、だれか、わからない」

 昌治は少女と話し始めた。恐怖より好奇心が勝ったからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る