第5話 血の味がする夢

「この感じだと昨日もどうやら、夢を見たらしいな」

 喉が異常に乾いている、口の中に血の味が広がっている。


 夢を見た後は、時々発作のように頭痛と、赤いビジョンが浮かぶ。

 少しだけど夢の内容を覚えている時。

 それは、病院の中で何かの治療を受ける内容だった。


 部分部分しか覚えて無くて、意味は良く分からない。


 夢なのだから、元々意味なんて無いのだろうけど。

 痛む額に右手を当てて、しばらく頭痛が治まるのを待つ。

 いつものように五分くらいで、頭の痛みは引き始めた。


 口に残った鉄を舐めたような冷ややかな苦み。それを消そうと、上半身をゆっくりと起こし、左手でべッドの側のペットボトルを掴み、なまぬるい水をがぶ飲みする。


 口の中に残る鉄の味と血の匂いも薄まった。


 暗い部屋の中で薄く光る時計は七時を表示している。


「彼女が起こしてくれなかったら、また遅刻して怒られたかも」

 アプリの少女に感謝しながら、これから行う事にため息をつく。

「もう少しだけ」

 ペットボトルをテーブルに戻し、少しだけ目を閉じてベッドに横たわる。


「もうすぐバイトの時間。また怒られるだろうなあ……行きたくない」


 人との接触が苦手な僕は、夜のバイトを続けている。

 家族にさえ触れあう事が、僕には億劫に感じられる。

 出来れば、誰にも会わない生活が望ましい。

 でもそんな事が出来るのは、お金持ちか、丈夫な身体で、自然を愛する人だけだろう。


 自然な暮らしは好きでは無いし、当然お金も無い。


 高校を卒業する時、大学に入る程勉強も出来なかったし、特に目的も持っていなかった。


 すぐには働きたくもなかった。それだけで専門学校に入学した。

 専門学校でも、人との接触が苦手なのは相変わらずだった。

 二年間の学校生活でも、朝と帰りに挨拶する人すら、僕には出来なかった。

別にそれでも僕は困らなかった。


 今までのリアルの友人は僕に命令や指示をするだけで、僕の気持ちなど考えもしない。


 専門学校の種類も、目的を持たずに適当に決めたから、授業は当然、退屈なだけ。

 それでも、僕の唯一の取り柄である「なんとなく続ける」事で留年などせずに、二年でちゃんと卒業出来た。

 この取り柄は、子供の頃から発揮されており、その事が一度も問題を起こさず、そして一度も褒められた事もない、目立たない僕の生き方の資質になっている。


 専門学校を卒業した僕は、何の目的も持っていなかった。

 そのまま就職するのは嫌だった。

 正社員になり、一択の指示を受けるのはうんざり。


 親の元へ戻るのも億劫で、専門学校へ通うために借りた、古いアパートに住み続けている。


 この部屋の良い点は、家賃が安い事だが、その分古くて日当たりも良くなかった。

 でも、誰も呼ぶ事もなく、昼間は殆ど家の中にいてゲームか寝ている生活。

 カーテンは閉じられたままでも、特に問題は無かった。

 ベッドの上に敷かれた布団が、湿り気を持ってしまう以外は問題無い。


 窮屈な実家に帰らない為に、最低限の生活費は自分で稼ぐ必要がある。

しょうがなくバイトをする事にした。

 幸いな事に、ここから一駅先、歩いても50分ほどの距離で、コンビニのバイトの募集に受かった。


 バイトは人が少ない夜の時間、夜八時から深夜零時までを担当させてもらう。


 本当は殆どお客が来ない、二時以降の深夜の時間帯が良かったけど、午前二時からは、僕の唯一の趣味ネットゲームの時間。


 ネットの親しいフレンドと集まって、毎日クエストをこなす。

 ゲーム内にギルドと呼ばれる、チームがあり、僕のギルドは二十名程。

 全員、仲がいいフレンド。リアルの友達と違い、その素性は知らないが、その方が僕には良かった。


 一日のうち五、六時間、休みの日だと二十時間近くフレンドとは一緒にいる。


 起きている時間の半分を一緒に行動するネットのフレンド。

ネットだけの遠いけど、強い結びつき。


 僕が唯一、僕らしく自由に生きられる時間。

 そして僕が必要とされるネットの空間。

 

 ゲームの中で、僕の魔法使いのキャラがいなければギルドのフレンドは困る。

僕は大事な戦力なのだ。


 リアルの世界で人に触れない僕には、ネットゲームの世界が人と触れあう唯一の場所。

 

なにより、ネットの世界ではフレンド達は僕を必要としてくれた。

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