第3話 深夜の血の色
バイトから家に帰ってまずはシャワーを浴びる。
浴槽のドアを閉めた時、聞いたことのない音がした。
僕は、霊的な事はあまり信じていない。
もし、そんなものがいたとしても、肉体を持たない幻に何が出来る?
現代の世の中には。恐ろしいものが物理的に存在しすぎる。
前にテレビで見た拡張現実の番組を想い出す。将来ARは、現実と見分けがつかない、オブジェクトを合成して表示するという。
例えば亡くなった人やペットなど生物。
「ARで造られた生物のオブジェクト。まるで幽霊だな、拡張現実を終わらせたら、世界は僕一人だったとか……」
また音がした、聞き慣れない音だった。
今度は音の方向が分った。
隣の部屋、ベッドがある方。音がした方向へ進む。
当然の事だがそこには何も無い。枕元に置かれた紅いスマートフォン以外は……新しいメールが着信した、送信者はバイトの女の子だった。
バイトの同僚で僕も、今一番気になる女の子。
仕事の連絡用にメールアドレスは教えていたし、数回はメールのやりとりしている。その内容は、メル友にも及ばない、簡素で儀礼的なものだったが。
”今度の土、日空いていますか。相談があります。時間があったら聞いてもらえませんか?”
”土曜日は空いているよ なにか問題でも? いつでも相談にのるよ”
好意の言葉を書き込む自分に首を振り、土曜日に時間が取れる事だけを返信した。
ベッドに腰掛けて気持ち押える、枕元が光っていた。
スマートフォンの画面に、室内が写っている。見慣れた自分の部屋なのに、カメラを通すと何か、現実味が無い造られた画像になっていた。
「いつのまに……興奮して自分で起動したのか? 我ながら、彼女に何を期待している?」
カメラを傾けて、部屋の中を覗いてみる。部屋の様子以外何も写らない。
薄暗い部屋は露出不足で、ザラリとした荒れた粒子の絵が写る。
「うん?」
隣の部屋の方向に小さな点が写った。
カメラを色々な角度に変えてみるが、その点に変化はない。
立ち上がりその点の見つめながら、隣の部屋に移動すると、赤い点は玄関の方に移動した。
「なんなんだ? この赤い点は」
玄関の方へ進むと、赤い点は少し大きくなった。
拡張現実のAPには、コンビニや観光名所などの場所を表示、誘導する、ガイダンスAPがある。この赤い点は、何かの在処を示しているだろうか。
移動して大きくなったということは……玄関の先に、なにかあるということか?
短い玄関までの廊下を歩いて行くと、紅い点はまた少し大きくなった。
やはり、何かのシンボルのガイダンス機能。何に誘導しようとしているのか。
玄関のドアの前に立ち鍵を開けて、ドアノブに手をかける。
障害物があっても拡張現実は、誘導するシンボルを、リアルの画像の上に重ねて表示する。さっきより大きくなった、赤い点が玄関のドアに写る、いつもより大きな音で玄関のドアが開く。
再び、スマートフォンをのぞき込む。何も写ってはいない、赤い点が消えていた。開いた玄関から、カメラを外に向けてみる。方向も変えてみるが、やはり赤い点は写らなかった。
「ふう、なんだよ、うう、さむい」
急に吹き始めた夜風が冷たい。ドアを閉めて、急いで自分の部屋に戻ろうとした時、カメラに紅い影が映った。スマホの画面をもう一度見直すと、何かが廊下で舞っている。
それは紅い羽根だった。ARで描かれた、羽根の数は増えていき、木枯らしのように舞い始める。
その中に血の色の少女の影が写った。
一瞬、驚く僕だが、目線を外し裸眼で見た廊下には少女どころか、羽根さえない。
これはスマホが合成した画像でARなのだ。
心が落ち着いた僕は、スマホの画面に映る、僕の部屋を非日常しているスマホを見ていた。
拡張空間の中で赤い羽根は舞い続け、少女の影と共に消えた。首をかしげながら、ダイニングに戻り、机の上にスマートフォンを置こうとした。
その時気がついた、スマートフォンの上に、真っ赤な血のようなの羽根が、一枚だけ張り付いている事を。
もちろん、気持ち悪いので、すぐに捨てた……部屋に赤い羽根が落ちていた事は疑問だったが、眠気もあり偶然だと決めつけた。
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土曜日、バイトの女の子と会った。
僕でもお茶くらいは付き合う事はあるが、一対一で会う女の子は初めてだった、
緊張しながら、僕がいつも使うコーヒーショップで女の子を待っていた。
ミルクだけ入れたのコーヒーを半分くらい飲んだ時、彼女は僕の前に座った。
彼女の事は名前ぐらいしか知らない。
年齢は20代後半くらい短めだが艶のある髪は左右に綺麗に分られている。
少し派手目の化粧、だがどこか落ち着いた感じがある男好きのする身体。
もしかして既婚者かもしれない。
性格は明るく、男っぽくアッサリしている、はるかに僕より男らしい。
それが、本当の彼女の本質かどうかは、分らない。
「新しい携帯を買ったのね? 赤くてカッコイイね」
「うん、オークションで安かったんで、ついね。お金もないのに」
「そう、私も今度はそのタイプがいいかな」
「うん、いいよ、特にこの機種は画面も大きいし、ただ……」
「え? 何か問題でもあるの?」
「いや、ちょっとOSが聞いたことのない、ケルブ……普通の機種だと使われていない……」
「おーえす?」
「オペレーティングシステム(Operating System) 」
「なにそれ?携帯電話に必要なもの?」
「うん、複雑なシステムを簡単に、ユーザーに利用してもらう為に必要な基本的なソフトだな」
「ふーん、ますます分らないけど、それがないと携帯は動かないのね?」
「そうだね、まあ携帯だけじゃなくて、難しそうな機械には殆ど入っている」
「じゃあ、いいんじゃないの? それに入っていても」
僕が持っている紅いスマートフォンを指す彼女。
「世界で使われている、スマートフォンのOSは数種類しかないんだ。各々有名なメーカーが提供している」
説明に飽きてきている、彼女の顔を見ながら僕は疑問を話した。
「ケルブ、こんな名前のOSは聞いたことが無い、しかもメーカーの記述がまったく書かれていない。コピーライト、署名がないものは、世界で版権を主張できない、だから……」
彼女は僕の手をソッととり、力を込めてくる。
「もういいから、あなたの主張は、今度はもっと静かなところで……二人でしましょう」
彼女は僕の手をさりげなく握った。
顔を上げた僕の目に、真っ赤な口紅が強く欲求を主張していた。
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家に帰った時、既に十一時を廻っていた。
「もしかして、彼女と愛が生まれた? 普通の恋愛は知り合い、話をして手を握り、キスをして身体を求めて。それかプラトニック純愛……この僕が? 想像もつかない」
彼女とコーヒーショップで初め手を握った……心が揺れた。
「二十代後半の男が言うと、赤面ものだな、純愛だって?」
僕にも初恋はあった、現代の愛にいたるプロセスは、簡略化されている。
いや、愛ではないのか? 身体が欲する欲情を満たす行為だけかも。
でも、それなら、本当の愛とはなんなのか? 心を満たす事? “愛している”この言葉がどれだけ、今の世界では、簡単に使われているか。
言葉により、実行される真実の行動なんてあるのか?
「バカバカしい。本当の恋愛なんてもう、この現代には無いだろう……」
デートの緊張から解放された僕は、まるで哲学者のように考えたが、襲ってくる強烈な眠気、疲れた身体は休養を欲していた。
ベッドに服を着たまま横になると、すぐに意識は遠くなった。
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ピ、ピ、ピ、ピ……う…ん…?何の音だろう……
紅いスマートフォンが鳴っていた。
「バージョンアップ?」
それは、OSのバージョンアップを伝える、ケルブのメッセージだった。
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