第34話 第一回コズロフ緊急作戦会議

 ダルスが店に帰ってきたのは、オリンピアの誘拐騒ぎがあってから4日後の昼のことだった。

 中に入ると、コリウスにスザンナ、それにユリアンがいた。3人は店に入ってきたダルスの姿を見て、目を丸くして固まってしまった。

「……戻りました」

 少々申し訳なく思いながら、ダルスは頭を下げる。

「ダルス!」

「無事だったか!」

「よく帰ってこれたね、まったく……おかえり」

 コリウスとユリアンが口々に叫び、駆け寄ってくる。スザンナはじっとしていたが、その表情は少し綻んでいた。

「まーまーまー、いいから座れ」

「お、おう」

 しばらく再会を歓迎された後、ユリアンに促され、というより半ば強引に、ダルスはテーブル席に座らされる。右にコリウス、左にユリアン、そして正面にスザンナが座った。

 何だか雰囲気がおかしい。さっきまでの歓迎ムードが薄れている。むしろ、3人とも怒っているようにも見えた。

「……さて」

 ユリアンが呟き、スザンナを見た。スザンナはコリウスを見た。コリウスは2人に視線を向け、それからダルスに向かって言った。

「どこで怪我してきたの?」

 以前、悪夢から目を覚ました時に見せた、徹底的に問い詰めないと気が済まない時の顔だった。

「……工場の偵察に行った時にな」

 ダルスはそう切り出して、3人の表情を窺う。3人ともダルスを真っ直ぐに見ている。下手に表情を動かせば、即座に悟られそうな雰囲気だ。

「道路で待ち伏せされていた。チンピラが……10人ぐらいだったか。夜陰からいきなり切りつけられて、右腕をやられた。

 その後どうにか叩きのめして店に戻ってきたんだが……気がついたら病院にいたんだ。何か、警察に捕まっていたみたいだな。心配をかけてすまなかった」

 軽く頭を下げながら、3人の様子を窺う。冷ややかな視線を向けられている。何故だ。

「……オリンピアちゃん、助かったってよ。あの日の朝に、家に戻ったそうだ」

 ユリアンが言った。

「それは良かった」

「んで、オリンピアちゃんが捕まってた工場で、大量の死体が見つかったそうだ」

「……それは、大事件だな」

 自分でも驚くぐらい声が小さくなっていた。

 ユリアンたちは顔を見合わせ、それから深い溜め息をついた。

「あのなあ、ダルス」

「おう」

「ナメんなよ。お前がオリンピアちゃんを助けて、誘拐犯どもをぶっ殺したんだろ? それぐらいわかるっつーの」

 ブラフをかけている、というわけではなさそうだ。ユリアンの目には確信が宿っている。スザンナにも、コリウスにも。ごまかしは効きそうにない。

「……すまん。その通りだ」

「ったくよう。少しは頼ってくれよ」

「いや、巻き込むわけにはいかなかったんだ」

 エルヴィナとの戦いにユリアンたちは無関係だ。ダルスはそう考えていた。だが、スザンナが口を開いた。

「アホ。それで熱出してぶっ倒れて警察に捕まってたら世話ないよ。反省しな」

「しかし」

「それにね、アンタはウチの店員なんだ。何かやらかしたらアタシらにも責任が降り掛かってくるんだよ。いざ何かあった時、何も知らないのと、話だけでも聞いてるのとじゃぜんぜん違うんだから。

 今回だってねえ、アンタが部屋で寝てるって知ってたら、上手いこと口裏合わせてやったのに」

「……すまん」

 ユリアンとスザンナに交互に詰められて、ダルスはすっかり意気消沈していた。その上、何も言わないコリウスの視線が痛い。別れ際のオリンピアの顔を思い出す。彼女たちも、自分を恐れているのだろう。

「誘拐犯どもは、あんた1人で殺ったのかい?」

「そうだ」

「そうかい。ご苦労さん」

 沈黙。

「いや待て」

「何さ」

「何も言わないのか」

「あん?」

「人殺しだぞ、俺は」

 スザンナとユリアンは顔を見合わせた。そしてユリアンが口を開いた。

「俺はマフィアだぞ」

 堂々と言ってのけた。

「泣く子も黙るコズロフ・ファミリーのボス、ユリアン・マルコフだ。街を歩けば人はビビって逃げ出すし、他の会社に話し合いに行けば社長が泣き出すなんてしょっちゅうだよ。そんなド悪党が人殺しぐらいで腰抜かしてられっか」

「……俺が売人を殺そうとした時は、止めに入ったよな?」

「あれは騒ぎを大きくしたくなかっただけだ。……認めたくねえけど、ホテルと正面切ってやりあったら勝ち目は無いからな」

 ダルスはユリアン、スザンナ、コリウスと、3人の顔を順番に見ていく。誰も怯えた様子は見せない。そして、深々と頭を下げた。

「すまなかった」

 そんなダルスを見て、3人は溜飲を下げたようだ。

「んじゃ、この話は終わりだ。次だ、次」

「次? まだ何かあるのか……?」

「いや……お前、本当に気付いてないのか?」

「何にだ」

「どうやって警察から逃げてきたんだよ」

「……そうだ」

 ユリアンの言葉でダルスは思い出した。ダルスがなぜ警察から解放されたのかを。


――


「マジかよ……あの署長が麻薬の元締めだったのか!?」

 先日、ダルスが警察署長ローアンから受けた提案。その内容を聞いたユリアンは、椅子をひっくり返さんばかりに驚いた。

「妙にホテル甘いと思ってたが、まさか署長ぐるみで密売に関わってたなんてよ! クソッタレが!」

「今更なんだが、コズロフ・ファミリーはどうして密売に手を出さないんだ?」

 違法薬物はいつの時代も反社会組織の重要な資金源だ。だが、コズロフ・ファミリーは、少なくともユリアンは薬物を売っていない。

「食い合わせが悪い」

「食い合わせ?」

「ああ。ウチのシノギは鉱山だ。鉱山会社から労働者の派遣代や重機のレンタル料を掠め取って、鉱夫からボッタクリやバクチで巻き上げて、街の店からは場所代やトラブル解決料を貰う。これに麻薬を入れたら売上はどうなると思う?」

「……増えるんじゃないのか?」

「増えないんだよ、これが。鉱夫が街に落とす金が麻薬に変わるだけだ。むしろあれが流行ると鉱夫がヤク漬けですぐダメになっちまうから、鉱山の方にもダメージが行く」

 鉱夫が足りないという愚痴を、ダルスは何度か聞いていた。麻薬はその理由の一つだったのだろう。

「それと、バレない密売のやり方が分からねえ。考えたことはあるんだが、すぐに捕まりそうな気がする」

「それは……そうだな……」

 ダルスは中央でのさまざまな密売ルートを知っているが、いずれも巧妙に隠されていた。ユリアンには申し訳ないが、田舎マフィアに組めるものではない。

「あの人もヤクには手を出さなかったからねえ……そのせいで、あの小僧に漬けこまれちまったかもねえ。

 しかし……どうしたもんか。警察とホテルを同時に相手するとなると、ちょいと手間だよ」

 スザンナは腕を組んで考え込む。ユリアンも頭を抱えて黙っている。対立マフィアをどうにかするだけでも手一杯だというのに、その上、警察まで相手をするとなると何をすればいいのか思いつかないようだ。

「……喋っていいか?」

 だから、ダルスは提案を持ちかけた。

「何だい」

「いや、何かするなら先に話してくれと言われたからな。話そうと思ったんだが……」

「何か作戦があるのか?」

 ユリアンが身を乗り出した。

「ああ。ローアンは俺にこの店を裏切らせようとしている。だからこの取引の内容と麻薬を、市長の所に持っていきたい」

 ローアンは今頃勝ち誇っているだろうが、それは最大の油断だった。ローアンが麻薬密売に関わっていると聞いた時点で、ダルスはあの男を罠に嵌めようと考えていたのだ。

 ダルスの作戦は、この話を汚職事件として告発するというもの。ただ、ユリアンたちが直接話しても駄目だ。公権力を持っている人間が、適切な証拠を使うことで、初めて告発は機能する。そこで市長を選んだ。

「市長はやめときな」

 ダルスの提案は、スザンナによって却下された。

「あいつは署長の言いなりだよ」

「密売の件も知ってるのか?」

「多分ね。選挙の時、署長が応援に行って、それから羽振りが良くなったからねえ。ヤクを売った金をばら撒いて、票を集めたんだろうさ」

「それならそれでやりようがある」

 むしろ、好都合だと言っても良い。市長と警察がマフィアと繋がっていると知られれば、街の中の問題に収まらない。共和国議会、あるいは連邦議会が動く可能性もある。利用する公権力はなるべく大きい方が良い。

「その選挙に負けた奴、あるいは次に市長になれそうな奴に密売の件を伝えたい」

「敵の敵を味方につける、って訳かい」

 スザンナがにやりと笑う。

「だったら丁度いい奴がいる」

 ユリアンが割って入った。

「ニカンドロス・ティコン。前の選挙で負けた奴で、今の市長の政策に反対してる」

「そいつは署長と繋がってないのか?」

「無い。むしろハメられた方だ。選挙中に脱税疑惑が出て、警察が入ってるんだよ。あれがなければ勝ってたかもしれねえ」

「なるほど。うってつけだ」

 選挙で負けた相手が汚い金を受け取っていたと知れば、必ず引きずり下ろしにかかる。

「連絡は取れるか?」

「任せとけ。いろいろ世話してるからな」

「なら、頼む。いきなり全部は伝えるなよ。あいつらが俺にヤクを渡すまでは、それとなくほのめかせて、興味をもたせるぐらいにしておけ。先走ると困る」

 本筋は固まった。更に追加の策も立てる。

「次は新聞と雑誌だな。あるだけの新聞社と出版社に匿名のタレコミを流したい。警察署と麻薬密売組織が手を組んでいると」

「それは構わないけど、そんなにストレートに言って、信じてくれるのかい?」

「信じないだろうな。だが、他の新聞社にも同じ情報が流れたなら、取材に来ざるを得ないんだ」

 記者というのはライバルより1秒でも早く新しい情報を手に入れたがる。例え疑わしくても、ライバルに先を越されれる恐怖から、調べざるを得ない。

「でも新聞記者ごときに、あいつらの尻尾が掴めるのかい?」

「頼りにはならないな。まあ、この街に注目してくれればいい」

 もし情報を掴めたとしても、市長か警察が圧力をかけて揉み潰すだろう。だがそれでいい。告発が成功した時に、反発分も上乗せして騒ぎ立てるだろう。

「後はそうだな……ネットか」

「ネット?」

「ああ。SNSで密売の噂や、この街の治安が悪いという話を流しておくんだ。バズれば相手を揺さぶれる」

 昔の仲間が良くとっていた手段だ。密売人はとにかく注目されることを嫌う。ネットで噂になれば動きが鈍るか、逆に解決しようと動いて隙を見せる。

「こういうのは……誰か詳しい奴はいないか?」

「ダビドなら知ってるかもしれねえ。聞いてみるよ」

 そういえば、ダビドはそういった技術に詳しい事を思い出した。見た目は貧相なチンピラなのに、本当に意外な特技だ。

「今すぐに動けるのはこんな所だな。後は状況次第で考える」

「他にもあんのかい? 頭いいねえ、あんた」

 スザンナは驚き半分、呆れ半分といった様子だ。

「別に。たまたまやり方を知ってただけだ」

 やり方ならいくらでも知っている。もっと強硬な手段も。思い出してしまい、ダルスはかすかな頭痛に襲われた。

「今日は店を開けるのか?」

「ああ。ただ、アンタは休んどきな。明日からでいいよ」

 ダルスの不調を察したようで、スザンナはダルスを制した。

「すまない。なら、少し早いが休ませてもらう」

 ダルスは立ち上がると、店を出て2階に上がる。

 後ろからついてくる足音がある。自分の部屋の前まで来たダルスは、足音の主に向き直った。

「……どうした」

 コリウスがすぐそばにいた。

「聞きたいことがあるの」

「後にならないか?」

「オリンピアに会ってきたわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る