第6話 追加徴収
コリウスの歌が終わると、客たちは機嫌よく帰り始めた。どうやら彼らはコリウスの歌を目当てに店に通っているようだ。客たちはコリウスのステージに置かれている缶の中に、硬貨や紙幣を入れてから帰っていく。金額が決まっているわけではない。客たちが好き好んで入れている。ダルスも持ち合わせがあれば金を渡す気分だったが、今は一文無しの債務者であった。
「左腕は……あーあー、こりゃ酷い。ズタズタだ。右腕と右足も傷口が開いてる。一から治療し直しだ、まったく……」
そしてダルスは負傷者でもある。歌の途中から医者のロウリがやってきて、ダルスの怪我の具合を診始めた。ロウリの感想は辛辣である。ユリアンの攻撃を何度か受けたのと、怪我を顧みない動きのせいで、色々と駄目になっているようだ。
「なるべく動かないようにしたんだが」
「本当か? 私にゃ、大喜びでケンカしているように見えたがね」
訝しむロウリに対し、ダルスは沈黙する。ロウリはため息をついて、ダルスの添え木をつけ直し包帯を巻いた。ひとまず、見た目は整った。
「今日はもう部屋に戻って動くんじゃないぞ。道具がないから、明日改めて処置する」
「わかった」
「本当にわかってるんだか……たまったもんじゃないんだよ、治した患者が無茶して死にかけるのは」
わかってはいるが、ダルスは止まれなかった。形はどうあれ、死に向かっているのだから。
「スザンナさん、お勘定頼む」
ロウリは隣の席で、ユリアンに説教しているスザンナに話しかけた。
「あいよ。……そういう訳でユリアン、今は我慢して一旦帰りな」
「わかったよ、まったく……ヤブ、ダビド、帰るぞ」
ユリアンたちが立ち上がり、出口に向かう。ダビドがダルスに向かって何か言おうとしたが、先んじてユリアンに引っ張られて何も言えずに終わった。その後、ロウリもスザンナに代金を払って店を出ていった。
残ったのはスザンナとコリウス、そしてダルスだけだ。ダルスもロウリに言われた通り、部屋に戻って休もうと立ち上がった。
「ちょっと待ってな」
その前にスザンナが声をかけてきた。彼女はダルスが壊したテーブルと椅子の具合を見て、更に割れた食器を数えていく。
「どうしたの、お婆ちゃん?」
ステージの売上を数えていたコリウスが問いかけるが、スザンナはそれに返事をせずダルスに向かって言った。
「ざっと8万ルーブル、借金に追加な」
「そうか……」
30万ルーブル突破である。生活費も含めると、返すのに何ヶ月かかるだろうか。何とかして荷物の隠し場所を見つけ、盗んだほうが速いかもしれない。
「借金って?」
「こいつの治療費とか、食費とか、そういう諸々の金だよ」
スザンナの言葉を聞いたコリウスは、自分の売上の入った缶をじっと見つめ、ポツリと呟いた。
「ねえ、これが足しにならないかしら」
「待て待て待て」
「やめなさいよアンタ」
とんでもない申し出だ。ダルスは必死に静止する。もちろん、スザンナもだ。
「自分で稼いだ金だろうが、自分のために使え」
「でも私は、必要なお金はお婆ちゃんに貰ってるし……このお金はいつもお婆ちゃんに渡してるけど、お婆ちゃんったら全然使おうとしないし……それだったらダルスの借金の代わりにすればいいかなって」
「やめろ、本当に。冗談にもならない」
そこまでされる理由が全くわからない。迷惑をかけている立場なのに。久方ぶりに恐怖を覚えたダルスだった。
「そうだよ。これはコイツとアタシの問題なんだ。いくらコリウスでも口は挟ませないよ」
スザンナに言われてコリウスは引き下がる。しかし表情は不満そうだ。
そんなコリウスは一旦置いておき、スザンナは話を進める。
「今日の修理代と迷惑代も含めて、傷が治ったら働いて返してもらうよ。いいわね」
「ああ」
「どこで働くか決まってるの?」
コリウスの問いかけに、ダルスは首を横に振る。
「いや、まだだ」
「それなら……」
「なら、このお店で働いてもらうのはどうかしら?」
何か言いかけたスザンナの言葉を遮って、またしてもコリウスがとんでもない事を言い始めた。
「……いや、何言ってるんだい、アンタ」
「丁度いいでしょう?ピサレンコさん、来なくなっちゃったし。代わりの人がいるっておばあちゃんも言ってたじゃない」
「それはそうだけど、こんなよくわからない奴を、アタシの店で働かせろってのかい?」
「真面目な人よ? お医者さんのリハビリメニューは毎日こなしているし、新聞だってちゃんと読んでいるもの」
「それぐらいじゃ真面目とは言わないよ」
「そうなの?」
スザンナの言う通りである。コリウスはどうにも、所々常識が無い所がある。一体何なのだろうか。
ただ、常識外れなのはダルスも同じであった。
「だいたいねえ、コイツにホールの仕事なんてできるのかい? 鉱山で働いた方が……」
「できる」
「は?」
「やったことが、ある」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます