第35話 風呂たき――残された老親
ちろちろ もえる まきの ほむらは
ふしぎな ちからを もって います
頬を 照らす あかい 踊り子を 見つめて いると
ここんところに つっかえて いる くろい ものが
ほんの すこしずつ 小さく なって いく みたい
「おじいさん 湯かげんは どうです かいの」
わたしは ときどき こえを かけて みます
あまり しずかだと もしやと 思ったりして
年老いた 夫は
「ああ いい湯 だよ」
「ごくらく ごくらく」
「わりいが もうすこし まきを くべて くりょ」
わたしも ばあさん らしく
「そりゃ よかった ですに」
「ほんに そうじゃろうて」
「ちょっと 待っとくれ いま くべて やるからの」
*
いえいえ たいへん だなんて ちっとも
なにしろ こんなに こんまい ころから
80年も たいて きた んですからのう
ひとつ あんたも やって みなさるかね
あれ そんねに むやみに つっこんじゃ
けむり ばっかり こんねに ほれ ほれ
まきと まきとが かさならねえ ように
うまあく すきまを つくって やってな
そうそう すじが いいわね あんたさん
*
はい? わたしら 夫婦の これからの こと かね
さあ どうなる ことやら とんと わからんわいね
鳥も かよわぬ 過疎の 村に 腰の 曲った 夫婦がふたり
まあ 見方に よっては 風流と いえなくも ありますまい
むかし話に 出てくる おきなと おうなに なった ようで
ひょっこり おどけて みたく なったりも します わいね
*
やだよう むかし から じいさん ばあさん だった わけでは あんたさん
いくら わたしら だって ひとさま 並みに わかい 時代も ありましたし
ひとさまから うらやんで いただける あったけえ 家庭 だって ねえ……
それを 根こそぎ うばった のが
あの にっくき 戦争 だった……
段々畑の 重労働で 育てた 5人の 息子のうち 4人が 応召されて のう
ひとり のこった 末の息子も 満蒙開拓青少年義勇軍に 志願して しもうて
同じ 一生なら 地平線に でっかい 夕日が 沈む 大陸で 力を 試してえ
そういう 息子を とめて やれなかった 自分たちが くやしくて ねえ(;O;)
はい? 3人の むすめたちの こと ですかい のう
長女は 山向こうの 村に 嫁ぎ いまは 戦争未亡人
次女は 従軍看護婦で 戦地を わたりあるき ました
3女は 勤労動員先の 工場で 空襲に やられて……
8人の 子どもの うちの 7人まで 戦争に もって いかれる だなんて
お国のため 一辺倒で 尽くしたのに 負ければ すべて ご破算 だなんて
*
「おじいさん 湯かげんは どうです かいの」
「…………………… ……………………………」
「おや おじいさん どうか しなさったかね」
「ウッ ウッ ウッ ウッ……(ノД`)・゜・。」
あれやだ おじいさんたら としがいも なく
わたし まで けむりが 目に しみて……
ふふ としは とりたく ないもの だいねえ
*
かつて 「たがやして 天に いたる」と いわれた 山おくの 限界集落は
たけ たかく おいしげる 雑草が 朽ちた 藁ぶき屋根に 達して います
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