第8話 ぼんぼんの詩――銃後の城下町




 盆々とても 今日明日ばかり

 明後日は お嫁の 萎れ草


 

 高原の城下町、盂蘭盆会うらぼんえ前の夕暮れどき、ゆかたの細い腰に紅色や桃色の三尺を巻いた少女たちが、ぽっくり下駄をカラコロ鳴らし、列になって歩いて行きます。


 それぞれ髪には化粧紙でつくった大きな花を飾り、手に手に小さなほおずき提灯を提げ、哀愁を帯びた唄をうたいながら、蔵づくりのまちの小路から小路へ……。


 同じころ、同年代の少年たちは杉の葉っぱで飾った神輿をかついで、

 

 ――青山さまだい わっしょい こらしょ。

 

 口々に囃しながら町内を練り歩き、家々の家内安全や商売繁盛を祈願します。

 

 青山さま。

 ぼんぼん。

 

 どちらも江戸時代末期からつづく伝統行事として、大切に継承されて来ました。

 

      *

 

 ところが、その日を生きるのに精いっぱいだった戦時中は行事どころではなく、どこの町内会も自粛ムードになっていったのは、感染症流行の現代と同様で……。


 雑貨屋を営んでいたみよちゃんの家では、とうちゃんも上のおにいちゃんも戦争に行っていましたが、さらに下のおにいちゃんにまで召集の赤紙が届いたのです。


 身体が丈夫でないかあちゃんは、近所の人たちから「おめでとうございます」と言われるたびに、大慌てで頭の手拭いを取って「はい、おかげさんで、ありがとうございます」そんなにまでと思うほど丁寧なあいさつを返していますが、そのあと必ず台所で水音を立てながら忍び泣いていることを、みよちゃんは知っています。

 

     *

 

 下のおにいちゃんが出征してしまうと、家のなかは急にさびしくなりました。

 敵の飛行機に見つかるといけないというので、電球をおおって暗くした居間で、かあちゃんとふたり、ふかしイモや雑炊をすする、そのわびしさといったら……。


 男衆が戦地でたたかっているときに、女衆がのほほんとしていてはいけない。

 ふだんから威勢のよかったおばさんたちは「さあ、みなさん、一致団結して銃後を守りましょう!」このときとばかりにげきを飛ばします。その顔つきの怖いこと。


 少しでものどかな暮らしをしていると見られると「この非常時に不謹慎である」として、仲間はずれの隠語である「非国民」のレッテルを貼られてしまいます。


 熱を出したりお腹を病んだりしがちなかあちゃんも、防空演習のバケツリレーや竹槍訓練に容赦なく狩り出されました。いいえ、むしろ、みいちゃんが辛い思いをしないように、かあちゃんは自分から進んで町内会の活動に参加していたのです。

 

 無理に無理を重ねたかあちゃんは、ある日、とうとう倒れてしまいました。

 付きっきりで看病するみいちゃんのもとへ、残酷な知らせが相次ぎました。


 ――南方の島でとうちゃん、中国大陸でふたりのにいちゃんが、名誉の戦死。


 かあちゃんとみいちゃんは、近所の目も忘れて、わあっと泣き伏しました。

 

      *

 

 昭和20年8月15日、国民に多大な苦労と犠牲を強いた戦争がようやく終わると、高原の城下町のゆかしい伝統行事「青山さま」「ぼんぼん」が復活しました。



 萎れた花を やぐらにのせて 

 下から見れば牡丹の花 

 上から見れば 情けの花よ 


 牡丹の花は 散っても咲くが 

 情けの花は 今日ばかり……。



 少女たちの歌声が小路から小路へと消えて行くとき、英霊になった息子や兄弟のいない家は1軒もない城下町の住民は、さびしい初秋が近いことを知るのでした。

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