2つ目の言の葉

 不確かな事象なんて、この世の中にはいくらでもある。

 天変地異、大量虐殺、破産……

 誰もが望む様に生きられる世の中なら、どれほど過ごしやすいかと考えたのは、そう遠くない過去の話だった。


「――今日も暑いね」


 そういいながら缶ジュースを頬に当ててきたのは、幼馴染の楓。

 幼稚園からずっと一緒に過ごしてきたため、今やスリーサイズまで知っている。


「なんで知ってんのよ」

「なぜ心が読める」


『口に出てんのよ』と言いつつ、ジュースを放り投げられる。数回、手の中を逃れようとしたそれは、寸前でなんとか手の中に納まった。

 彼女が買ってくるのは毎回トマトジュース……しかも無添加の。


「好きでしょ?」


 いつから俺は、トマトジュース好きになったのだろうか。そういえばと唯一思い出されるのは、持久走大会の最中、道を誤ってしまったとき。吸水ポイントなどもちろんない道を歩き続けていたときだ。

 喉はカラカラ。足はガクガク。もう駄目だと死を覚悟したあの時、一人の少女が現れた。


『ほら、これ飲んで』


 ――あの危機的状況を救ってくれたのが楓だった。


「どんな展開よ!」

「だからなぜ心が読める!」


 ばかげたことを考えるのはいつもの事。こんな何気ない妄想も、先日の出来事のせいでやりにくくなってしまった。


「……あの時はありがとう」

「すごい飲みっぷりだったよねー」

「その話ひろげるの!?」

「じゃぁこれからゲーセンいく?」


 あまりにも突拍子もない話だが、実のところ、先日彼女から告白されたのだ。

 返事はまだしていないのだが、普段通りのやり取りが、かえってやりにくさを助長させる。


「また返り討ちに合いたいようだな」

「私は地上戦派なのよ」


 プレイするのはいつもシューティング。一般的な戦闘機のゲームで、そんな展開があるわけがない。


 残ったジュースを飲みほし、立ち上がろうとしたところであることに気が付く。

 ……手が触れていた。

 しかしそれだけ。


「こんどぬいぐるみ取ってよ」

「あぁ」


 何気ない日々。

 何気ない日常……


 ――――


 ……遠い、過去の記憶。


 俺はあの日にすべてを置いてきてしまったのだろうか。

 目の前にはよく知った少女。

 ――息はしていない。

 戦場の向こう側では、今も尚銃声が轟く。

 驟雨の中、泥にまみれた彼女の顔を拭ってやる。


「濡れるぞ」


 その日俺は、彼女と初めて相合傘をした……。

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短編集 儚き言の葉 SIEN@創作のアナログレーター @sien-illustactics

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