二話:帆波の遺書
19xx年11月22日
二年後の今日、私は遺体として発見されているだろう。
どうして死ななければならなかったのか。その理由を、ここに書き残しておく。
この世界が異性愛主義であることに、異性愛者であるだけで優遇されていることに、どれほどの人が気付いているのだろうか。
分かりやすい例が婚姻制度だ。
神の前で愛を誓い合い、友人や親族に祝福されながら愛する人と家族になる。
私には、その華やかで希望に満ち溢れた光景が、眩しくて、羨ましくて、そして、妬ましくて、たまらなかった。
バットを持って、暴れ回って、全てぶち壊してやりたくなるほどに。
私には、愛する女性が居る。いつかこの国で、彼女と、神の前で愛を誓い合える日を夢見ている。だけど叶わない。何故なら、私達は同性同士だから。ただ、それだけの理由で、法律が、私達が家族になることを許してくれやしない。
私には、彼女以外にも同性愛者の友人が二人居る。そのうち一人は,少々男っぽいところがある。昔からあだ名は王子だった。女の子からモテた。告白する子もいた。けれど、彼女に告白する女の子達は口を揃えて、必ずこんな前置きを言うそうだ。『女同士なんておかしいと思われるかもしれないけど』と。
こんな言葉が当たり前のように出てくるほど、この世界は異性愛が当たり前とされている。
『好きな人は居る?』と聞かれて、同性の名前を挙げた時『友情じゃなくて恋愛の方だよ』と言われたことがある。逆に、友情として好意を持つ男の子の名前を挙げれば『いいじゃん。応援するよ』と言われた。同性というだけで友情だと、異性というだけで恋愛感情たと決めつけられたのだ。私はそれが、悲しくて、腹立たしくて仕方なかった。
ちなみにその時あげた男の子は、同性愛者だった。そして私も同性愛者だ。そんなことは誰も知らない。
恋愛の話題は、いつだって、異性愛者であることを前提として展開される。目の前の人が異性愛者か同性愛者か、はたまたそれ以外かなんて、見ただけでは判断出来ないのに。
主張しなければ、異性愛者にされる。当たり前のように。
それが嫌で、私の友人は自身が同性愛者であることを主張した。『男っぽいからそうだと思った』なんて言う人も居たが、同じく同性愛者である私は、男っぽいと言われたことは一度もない。むしろ、女らしいとよく言われる。そんな私が打ち明けたらきっと、意外だと言われるのだろう。何故男っぽい女の子=同性愛者っぽいになるのか。そんな偏見が生まれるのもきっと、恋愛が異性間で行われる物という常識が根付いているからだと思う。
私は、そんな間違った常識をぶち壊すために、この遺書を残すことを決めた。
死ぬ必要はあったのか。言葉で伝えれば良いのではないか。そんなことを思う人も居るだろう。
私の友人が、もう既にそれを実践してくれている。だけど無駄なのだ。聞く気がない人には届かない。響かない。
だから私は、素直に、異性愛主義の世界に殺されてやることにした。異性愛主義の世界が、差別が私を殺したという証拠を残して。異性愛主義の世界が、私を殺した。私と彼女の関係を恋愛だと認めない世界が、私を殺した。
勘違いしないでほしい。私は不幸じゃない。むしろ幸せだ。ワクワクしている。
だって、ずっと夢だったから。
愛する人と、永遠の愛を誓い合うことが。
それが許される世界に行く。差別も何もない世界に行く。それが楽しみで仕方ない。
なら、生きて国を出れば良かったのではないか。そんなことを思う人も居るだろう。もちろん、それも考えた。だけど、それは逃げだ。私達が逃げたところで、国は変わらない。どうせ逃げるなら、せめて、差別の蔓延るこの国に一矢報いてやりたかった。未来のために。
だから私は死ぬ。愛する人と一緒に。この世界を呪いながら。
どうして今日なのか。それは、今日が良い夫婦の日だから。きっと、結婚式を挙げるカップルも多いだろう。だから私は、今日を選んだ。異性愛が許されているから成り立つ幸せを、それが許されない私の絶望で塗り替えてやりたかったから。
つまり、八つ当たりだ。きっとこの辺りはテレビでは抜粋されないだろう。それでも構わない。直接遺書を読んだ人にだけでも伝われば、それで構わない。
私の死を哀れむ大人達へ。
世界が変わらなければ、この先私のように死を選ぶ同性愛者は居なくならないだろう。私のことを少しでも哀れむ心があるのなら、世界を変えてほしい。同性を愛する人達に、異性を愛する人と同等の権利を与えてほしい。いや、むしろ、寄越せと言いたいくらいだ。
それが叶わない限りは、きっと、悲劇は繰り返されるだろう。
哀れみなんて要らない。どうしたら救えたのかなんて無駄な議論をする暇があるのなら、どうか私が描いた悲劇を、呪いを、希望満ち溢れる物語に繋げてほしい。それでも踏みにじりたいのなら、呪い殺される覚悟くらいはしておいてほしい。
最後に。母さん、父さん。そしてお姉ちゃん。今までありがとう。生まれてこなければ良かったとは思ったことはないよ。お母さん達の元に生まれて良かったと、今も思っています。愛しています。だけどそれ以上に、彼女を愛しているのです。結ばれない世界で生きることに耐えられないほどに。
今日まで何も言わなくてごめんなさい。言ったら止められることは分かっていた。だから言わなかった。
姉さん、結婚したことに関して、罪悪感を覚えないでほしい。こんな呪いの遺書を見てしまったら難しいかもしれないけれど、だけど私は、お姉ちゃんの幸せまでは呪いたくない。
ただ、どうか、いつか生まれてきた子供が愛した人が異性でなかったとしても、否定しないでほしい。同性愛は罪ではないと、教えてあげてほしい。味方になってやってほしい。どうか、よろしくお願いします。
それでは、さようなら。またいつか、あの世で会いましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます