悲劇の先に

四話:未来へのメッセージ

 月子と帆波の命日の少し前。海と帆波は、専門店で月子のドレス選びに付き合っていた。

 美夜の結婚式で流すビデオメッセージ用だ。


「ドレスなんて初めて着た」


 真っ赤な派手なドレスを着た月子が恥ずかしそうに試着室から出てくる。


「お似合いですよ」


「ありがとうございます……」


「……なんか月子、凄いえっちね。胸元開きすぎじゃない?」


 大きく開いた月子の胸元を凝視しながら帆波は言う。


「……帆波が選んだんじゃん」


「海がいやらしい目で見てるから着替えましょう。もうちょっと露出控えめなやつにしよう」


「いや、見てるのは君だろ」


「見るでしょ!あんなえっちな格好してたら!」


「選んだの君だろ。てか、結婚祝いなんだから、色と露出度考えろ馬鹿」


「け、結婚式のご出席用でしたら、確かに派手すぎますね」


「ですよね」


「えー。似合ってるのに」


「主役より目立つだろうが。馬鹿」


「むぅー。……わかったよ。月子、次探してくるから着替えててー」


「はーい」


「はぁ……僕も一緒に探す。帆波に選ばせてたらいつになるかわからん」


 いくつか試着をし、最終的に露出度の低い黄色いドレスを購入する頃には、外はもうすっかり暗くなっていた。月子と海はそのまま海の家へ、帆波は一旦、自分のドレスを取りに家に帰った。


「……ねぇ、海」


「ん。何」


 海の部屋で着替えながら、月子はベランダでタバコを吹かす海に問う。


「タバコって、美味しい?」


「……月子も吸ってみる?」


「いやぁ、でも身体に悪いんでしょ?」


「もうすぐ死ぬくせに何言ってんだ」


「……そうだね」


「……迷ってんだろ。本当は」


「……迷いがないといえば嘘になるよ。けど……帆波はもう、誰にも止められない。私や君でさえ。だったら、私も一緒に行きたい。死ぬこと以上に、彼女が居ない世界に取り残されることの方が怖い」


「……そうか」


「……私、こんな国、大嫌い。大嫌いだけど……大好きなんだ。だから、変わってほしい。私達みたいに、同性を愛しただけの人達が迫害されない優しい国になってほしい。どれほど願っても、声を上げるだけじゃ届きやしない。人を殺しかねないことをしている自覚を持たせるためには、誰かが実際に殺されるしかない。そのために帆波が犠牲になるというのなら、恋人である私も一緒の方が、重みが増すでしょう?」


 着替えながらそう語り、月子はドレス姿のままベランダに出て、海の隣に並ぶ。


「……海は、私達を追いかけてきちゃ駄目だよ」


「……あぁ。君達の計画を引き継がなきゃならんからな。流石にここまでされたら、途中で投げ出したりなんて出来ない」


「……うん。ありがとう。……タバコ、一本もらうね」


「ん」


月子が咥えたタバコに海がライターで火をつける。月子は一息吸い込み、むせた。


「けほっけほっ!」


「はははっ。お約束だなぁ」


 笑いながら、海は慣れた様子でタバコを吹かす。


「……様になってるなぁ……流石


「そういうにはタバコより花の方が似合いそうだな」


「花かぁ……海は似合わなさそう。酒、タバコ、女って感じだもん」


「クズの代名詞並べんなよ」


「実際そうじゃん。バーテンダーだし、目死んでるし」


「バーテンダーに対する偏見酷いな……言うほどクズばっかじゃないよ」


「海が言っても説得力皆無なんですけど」


「まぁ、たしかに僕はクズだけども」


「自覚あるんじゃん」


「てか、そんなに死んだ目してる?」


「してる。生きた屍って感じ」


「……まぁ、それは違いないな」


 二人が並んで談笑する姿を、帆波がマンションの下から見つけて指を差した。


「ちょっと海!私の月子口説かないでよ!」


 下から叫ぶが、二人には声は届かない。帆波はインターフォンも押さずにそのまま海の家に入ると、海に向かってもう一度同じ言葉を投げかけた。


「口説いてねぇよ。ただの世間話」


「どうだか。海、節操無いから」


「人の女に手出すほど飢えてねぇよ。むしろ女なんていくらでもいるし。そもそも月子は僕のタイプじゃないし」


「最低!クズ!」


「うるせぇ。はよ着替えろ。撮影始めるぞ」


「まだ着替えてるから振り向かないで!えっち!」


「はいはい。急いでくださーい」


「月子ー。ジッパーあげてー」


「はいはい」


「月子。終わったら呼んで」


「はーい」


 ベランダでタバコを吹かしながら、海は空を見上げる。するとたまたま、流れ星が一筋流れた。


「……11月22日までに、同性婚が出来るようになりますように」


 流れきって消え去った星に向かって、海はぽつりとそう呟いた。届かない願いだと理解しながら。





「じゃあ、撮るよ」


「海は入らなくて良い?」


「僕は直接伝える」


「その頃には音信不通になってそう」


「……だろうね」


「ちゃんと渡してよ?」


「大丈夫だよ。僕、顔広いし。なんとかなる」


「なんとかって。もー」


 苦笑いしながら、二人は隣り合って並ぶ椅子に座った。海は合図をして、一枚写真を撮ってから、ビデオカメラを回し始める。


「美夜、久しぶり」


「久しぶり。美夜」


 カメラに向かって手を振り、二人は、祝いの言葉を紡いだ。この国で同性と結婚する友人へ。今はそれが不可能でも、いつか可能となる未来を信じて。


「結婚おめでとう。美夜。……どうか、幸せになってください。私達の分までとは言いません。私達は、私達なりの幸せを掴むための選択をしたから。後悔は、ありません」


 帆波が力強くそう言い切り一呼吸おいてから微笑んで「以上です。それでは、さようなら」と締めくくったところで、映像は終わった。


「……いつか、流せる日が来ると良いね」


 月子が呟く。帆波が返す。「きっと、海が実現させてくれる」と。


「僕にそんな権力ねぇよ」


「権力はなくても、海は沢山の人に影響を与えたじゃない。私と月子が付き合えたのは海のおかげだし、美夜が自分を同性愛者だと認められたのも、同性愛は病気なんかじゃないって海が堂々としていたおかげでしょう?きっと、海に勇気をもらった人は沢山いるよ。ありがとう海。君に会えてよかった」


「私も。君に会えてよかった。君が居なかったら、私は帆波と付き合えていなかったから」


「……身近な人間数人に影響を与えたところで、国は動かんだろ」


「ううん。きっと、君からもらった希望を、別の人にあげる人が出てくるよ。そうやって、希望のバトンはどんどん繋がっていく。……だけど……差別が蔓延るこの世界では、誰もが殺人者になりうる。それを知らしめるためには、多少の悲劇が必要だと思うんだ。希望だけじゃ、世界は変わらない。だから私達は悲劇を作る。海は、私達みたいなマイノリティがこれ以上差別に殺されてしまわないように、希望を振り撒き続けて。私達の選択を、可哀想な二人の同性愛者の悲劇で終わらせないために。悲劇から続く希望の物語を描いてほしい」


 そう言って、帆波はホッチキスで止められた一冊のノートを海に渡した。そこには帆波の想いと計画の全容が綴られていた。同じ物を、帆波は常に肌身離さず持ち歩いていた。生きている間に誰かに見つかってしまわないように。

 月子の言う通り、帆波の決意は固かった。恋人である月子や、親友である海が引き止めることを諦めてしまうほどに。


「今日はありがとう。海。計画書は海が保管して。映像は、時が来るまで誰にも渡しちゃ駄目だよ」


「……あぁ。大丈夫だ。隠しておく」


「あ、分かってると思うけど、この家は多分危ないよ。私達が最期に会うのは君なんだから。事件性があると判断されれば、必ず、警察が事情を聞きに来る」


「遺書の原本を渡さなかったのはなんで?」


 月子が帆波に問う。すると帆波は苦笑いしてこう言った。


「海の家から遺書が見つかったら、計画知ってたのになんで止めなかったのって、海が責められちゃうでしょう?」


「あぁ、なるほど……」


「だからあれは、私の家から発見されることにする。海、渡した遺書のコピーも映像と同じく、ほとぼりが覚めるまでは隠しておいてね」


「分かってる」


「海は何も知らなかった。この計画は全て二人で行った。そういうことにしないと、海が自殺幇助で捕まっちゃうかもしれない」


「直接手を下さなくてもそうなるのか?」


 海が首を傾げる。


「それは私も法律に詳しいわけじゃないからわからないけど……法が許してくれたとしても、きっと、世間が許さないと思う。何も知らない生きることが幸せだと信じて疑わない幸せな偽善者達に、海のことを悪人にされるのは嫌だし、その偽善者達にのせいで私達の死がただの不幸な死になってしまうことは避けたい。私達の選択を、可哀想な同性愛者の物語として偽善者どもに消費されたくはない。だから海、警察やマスコミに何を聞かれても『知らなかった』で通すんだよ。証拠さえ出なければ大丈夫。美夜には手紙書いたし、彼女なら私達の気持ちを汲んでくれると信じてる」


「……あぁ。分かっている。僕は何も知らなかった。知っていたら止めていたはずだ。大事な親友だからな」


「……うん。お願い。じゃあ、私達は一旦帰るね。また今度。次はXデー前日の夜に」


「おっさんに店を貸し切れるように頼んでおくよ。最期に乾杯しよう。……三人で」


「ありがとう」


 海は、託された未来へのメッセージと遺書を箱に入れ、当時はまだ友人だった麗音に預けた。「何も聞かずにしばらく預かってほしい。時が来るまで、絶対に中は見ないで」と。麗音はその言葉通り、何も聞かずにビデオメッセージと遺書を預かり、中身は決して見なかった。

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