三十八 三矢
吉田郡山城の戦いにおいて、その
吉田郡山城の西の方にあるその土地――宮崎長尾に陣を構えた尼子方を、毛利方が襲撃した戦いである。
その宮崎長尾は、
宮崎長尾の血戦を終えた翌朝――毛利元就は、その相合にて、朝日を拝み、念仏を唱えていた。
「南無……」
乞食若殿と呼ばれ、城を追われた頃に出会った旅僧に教えられた習慣である。黄金の朝日を毎朝拝むことにより、救いの念仏を唱えることにより、元就は貧窮の日々を耐えることができた。
瞑目していた目を開く。
昨日の戦場は、いまだ
「……終わったか」
あのとき。
幸松丸が死に、毛利を継いで、元綱に会いに行ったあのとき。
元綱が自分をかばって死んだ、あのとき。
今にしてみれば、ようやく、元綱が何を言っていたかが、理解できた。
――終わりにしよう、兄上。
元綱はあの時、そう言ったのだ。
恐らく。
兄である自分の目に、夜叉を見たのか、あるいは修羅か。
尼子経久という妖怪を相手に。
死を賭して食らいついてやろうという、化け物の姿を兄に見たのだ。
――同じは、それこそ、相剋ぞ。
そうとも言っていたのであろう。
尼子と毛利、その相剋は、尼子だけでなく、毛利も滅ぼす。
何のために、あの時、毛利を守ったのだ。
あの――有田合戦において。
その最初の戦いである、有田城攻略戦において。
みんなで、三人で、毛利を守ろうと誓ったではないか。
長兄の毛利興元の指揮の下、今義経の相合元綱が弓矢を取って戦い、多治比元就は城に残って策をめぐらす。
それで、三人で、毛利を守ろうと言った。
三人それぞれ、思うところはあった。敵視したり、侮蔑するところはあった。
だが、手を取り合い、きっと毛利を守ろうと、そう――誓った。
やがて長兄・興元は急死してしまう。
だが、残された興元の遺児・幸松丸を守り、元就と元綱は、智と武の限りを尽くして戦った。
有田中井手の戦いを。
「だからこそ、勝てた。だからこそ、生き残れた」
そう言いたかったんだな、元綱。
元就はそうひとりごちて、改めて合掌し、朝日を遥拝するのだった。
「父上」
その元就の背に、声がかかった。
振り返ると、ひとりの若者と、ふたりの少年の姿見えた。
「隆元、元春、
毛利隆元と、長じて吉川元春になる少年と、やがて小早川隆景となる少年が、三人そろって、元就の方へ歩んできていた。
「……そろそろ、大内の陣へ参りましょう」
隆元が、長男らしく、弟たちの肩を抱きながら、元就にうながした。
「陶どのが周防にお帰りだそうだ、父上」
元春が隆元の手を握り、微笑みながら、言った。
「見送りしましょう、みんなで」
隆景もまた、隆元の手を掴まんばかりに飛びつき、元春にたしなめられる。
元就は息子たちの様子に破顔した。
「そうだな……参ろう、みんなで」
そして元就は息子たちの方へ歩み出す。
尼子経久の相剋は恐ろしかった――だが、決して、乗り越えられないものではなかった。
「そうだな、元綱」
そう呟きながら、待ちきれなくて駆け寄ってくる息子たちを抱きとめる、元就であった。
【了】
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