第1話 異世界来客者
孤島は自然が大半を占め、村は切り立った円柱の様な地形の上に存在する。
外からの侵入は空を飛んでくるか崖を登るしかなく、村の者達は魔鳥を飼い慣らし空から戻る。
侵入者を拒む天然の地形は、孤島に生息する魔物の脅威からは完全に隔離された空間と言えた。
「……」
家屋の屋根の上で水平線から登る朝日を見ているのは角を持つ魔族の女である。
服を着ていてもわかる凹凸は標準以上の乳房を強調し、首には剣を小さくした造形のペンダントが下がっている。
生まれつきウェーブのかかった金髪を後ろで一つに纏め、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「おはよ~ロア姉さん」
眠そうに眼を擦りながら彼女を見上げてくるのは人と竜の瞳を持つ少女――イノセント。
「また夜更かししたのか? 生活リズムが狂うから控えるように――」
ディザロアは屋根から飛び降りて難なく着地。研究に没頭する妹分に注意すると、彼女は一つの資料を手渡した。
少し開いて見てみるとこの段台と下までの全体簡易図と、上部から下に降りる為の装置などが細かく書かれている。
「これは?」
「毎回、スカイ達に下ろしてもらうのも大変でしょ? だから下まで降りたり上がったりする足場があれば便利かなーって」
「一人で考えたのか?」
「ガンドさんに井戸の水を汲み上げる滑車って装置があるって聞いて応用できないかなーって思って。ちょっと大がかりになるけど」
イノセントは村では色々な事に挑戦している。誰もが想像しない観点を持っている様で、その機転にはよく助けられた。
「後で場を設けるから皆に細かく説明してくれ。皆が納得したら本格的に始めて良い」
「ホント!? やった!」
「ただし、条件が一つある」
「え?」
ディザロアは資料をまとめ、イノセントに返す。
「ちゃんと寝ろ。別に急ぎじゃないんだろう?」
「ふぁい」
欠伸と返事を同時にするイノセントに優しく微笑み、午前中の作業は休むように告げると――
「! イノ!」
咄嗟に彼女を引き寄せてソレの直撃を回避した。イノセントの持っていた資料が散らばる。
「え? なになに!?」
「……」
イノセントを抱きしめながらも、ディザロアは落下してきたソレに鋭い視線を送る。
ソレはヒト型の造形をし、片膝を着いて目の前に鎮座している。
全身が金属に覆われ眼の部分にはガラスを引き伸ばした様なアイガード。後腰には何やら武器のような物を持っていた。
舞い散る資料が全て地に落ちると同時にソレは膝立ちの姿勢から起き上がる。
「……なにあれ?」
「……」
眠気が吹き飛んだイノセントを離すディザロアは、彼女を護るように一歩前に出る。
「何だ? 今の音は」
眠っていた村の皆もソレの着地音に目を覚まし、民家から様子を見に出てくる。
「や、イノ。おはよ。今の音なに?」
彼女たちの後から『樹族』の女――ビリアが歩いてくる。
「おはよう、ビリア」
「ロアもおっは~。あれ? 取り込み中?」
こちらが見えていない程に眼の離せない存在がいると察したビリアは即座に切り替えた。
「ロア、おはよ」
「ああ、おはよう」
ビリアはディザロアの横に並んで彼女の見ているモノを視界に移す。
「何あれ?」
「わからん。見たことは?」
「あたしは無いわね。でも『人族』の着る鎧甲冑に似てなくはない」
「……そうか」
すると、反対側からもソレを囲むように身内が駆けつける。
金属のヒト型は村のほぼ中心に降りたのだ。
「イノ、二番の角笛を吹きに行って」
「え、あ……うん」
ビリアの指示にイノセントはその場から離れる。ディザロアは片時もソレから目を放そうとしない。
「それで、どうするの?」
「ヤツを村から放す」
「妥当ね。その後は?」
「始末する」
「物騒ね~。でも今回は賛成かな」
ビリアも目の前で動かないソレの得体の知れなさを感じていた。
ディザロアは反対側にいる身内にもアイコンタクトで手を出さない様に意思を伝え、ソレに歩み寄ろうとした時である。
金属のヒト型がいきなり両手を挙げた。
『こちら、イギリス宇宙軍所属のファウスト大尉だ! 貴殿らの場に不用意に着地した不都合をまずは詫びたい!』
言葉が通じるが、よくわからない単語が混じっていた。
『装備の不具合で軍と連絡が取れない! 貴殿らの中に通信端末を持っている者がいれば、イギリス宇宙軍のオーランド少将にコンタクトして欲しい!』
何を言っている? その場にいる全員が理解出来なかった。
イギリス? 通信端末? 一体何の事だ?
しかし、ディザロアは一つの単語を見逃さない。
“軍と連絡が取れない”
目の前のコレが組織的な何か、しかも軍隊と繋がっている証拠だ。
『ここがイギリス領でないのであれば国際的人権の対応を願う!』
今のところ敵意は感じられない。しかし、こちらが歩み寄るには根本的な事が解決していなかった。
「私はディザロアと言う者だ、来訪者よ。貴殿の要望を呑むには、武装となるモノの解除が当然ではないか?」
ディザロアは声の届く距離で対話を始めた。他の者達も彼女に全て任せる。
『こちらとしても、ここが安全であると言う保証がない以上、丸腰には出来ない』
まともな主張にディザロアは少し面をくらった。狂っているわけではなく、こちらの言葉も伝わるようだ。
「やはり……ソレは武器か」
ディザロアは数少ない会話から殺傷能力を持つものと推測する。
場が殺気立つ。特にディザロアの放つモノは一切の油断がない。
『参ったな』
対する金属のヒト型は両手を挙げたまま、困ったように告げる。
すると、触れてもいないにも関わらずアイガードの部分が開き、顔を晒した。
「! 待て! 炎理! ライン!」
金属のヒト型が晒した『人族』の顔を見た瞬間、『鬼族』の少女と『吸血鬼』の青年は攻撃を仕掛けた。
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