兵士とAIの異世界帰還録

古朗伍

序章 他界異邦人

プロローグ

 ソレが起こったのは五歳の時。


 『呪魂』『呪術耐性』


 この二つが私が産まれながらに宿した特異体質だった。

 五歳になると同時に意図せず強力な呪波が放たれた事で父と母は亡くなった。

 『呪魂』だけであればどれだけ良かっただろうか。『呪術耐性』も持ち合わせていた事で私は死ぬことなく、一人だけ生き残ってしまった。


 呪われた子。死を呼ぶ魔族。破滅の悪魔。


 その様に蔑まされた私があらゆる種族から追われるには十分な理由だった。


 居るだけでヒトが死ぬ。誰も近づけない。

 そんな私を父と母の代わりに育ててくれたのは老いた『樹族』の魔術師だった。

 彼は泣いていた私の手を引いて色々な事を教えてくれて、一つの聖剣へ連れて行ってくれた。


 ソレは七つの山の火で造られた大剣。あらゆる呪いを浄化すると言われる伝説の剣。


 しかし、私が触れると一瞬で魔剣になってしまい、焦る私を見て彼は大笑いしていた。


 魔剣は『呪魂』から漏れ出る呪波を押さえる役割を担ってくれた。魔剣が近くにある時は生き物に触れても死なせてしまうことはなくなった。


 それから彼と色々な所を巡り歩いて、色々な物を見て笑って、泣いて、とても素晴らしい日々だった。


「ディザロア、お前は命を無駄にするな」


 父親であり生涯の師でもある彼の死はあまりにもありふれたものだった。


 それは『樹族』を狙った『人族』のハンターによる襲撃。

 永く生きた『樹族』の身体は強い魔力が宿り、それだけで価値があるのだという。


 たったそれだけの理由で奴らは私から家族を奪った。


 その時爆発した私の感情によって放たれた呪波は今もその地を汚染している。

 彼が死んだのは偶然にも両親が亡くなった日と同じ日だった。

 私は15歳の誕生日を家族と過ごすことは出来ず、一人で旅を続けた。

 彼の言葉が強く心に残っていたからどんなに苦しくても生きることを選んだのだ。


 綺麗な街で暮らす“普通の者達”と“そうでない者達”。私は後者だった。


「この薄気味悪い忌み子が!」

「騎士を呼べ! 売り上げを盗まれた!」


 旅の途中、とある街を歩いていると必死に逃げる少女と出会った。


 少女を追う大人たちや、何事かと騎士たちも慌ただしく集まり始める。

 少女は何を思ったのか私の影にすがるように隠れた。


「おい! そこの魔族! ソイツをこっちに渡せ! ソイツは盗みを働いたんだ!」


 私が視線を少女に合わせると彼女は涙眼に、そんなことはしてない、と首を横に振った。


「……」


 少女の身なりはボロボロで何かを隠せるような服でもない。


「気のせいじゃないか?」

「きっとどこかに隠したに決まってる! さっさとこちらに引き渡せ!」


 声を荒げて近づいて来る大人。怯えるように縋る少女。


「!」


 その場にいる私と少女以外の全員が戦慄した。

 背に隠すように持っていた魔剣を抜き、切っ先を大人に向けたからだ。

 根本は武器を持っていたからではなく、魔剣を持つ私が何者かを周囲が知ったからである。


「逃げろ! 『呪のディザロア』だ!!」


 近づいて来た大人も、騒ぎに集まった野次馬も、彼らを護る騎士さえも逃げ出した。

 ポツンとその場に残されたのは私と少女だけ。


「……さっさと離れるか」


 魔剣を背に戻し街の外へ歩き出す。こういう面倒事があると数日は近隣諸国から色々と追われるのだ。


「お前も帰る場所くらいあるだろう?」

「……ない。わたしは……忌み子だから……」


 少女は前髪に隠れた片眼を見せると、その理由が解った。


「私は呪われてる。一緒にいると死ぬぞ」


 『呪のディザロア』はあらゆる所に知れ渡っており、一度現れれば国を越えるまで追われ続ける。


「それでもいい」


 それが竜と人の相子であるイノセントとの出会い。

 そして、フォレスが何故私を助けてくれたのか解った気がした。


 安心して暮らせる場所を探して二人で旅をした。

 その過程で私は私たちと同じように他から弾かれる者達と出会った。


 一人、また一人と、私とイノセントの旅に同行する者は増えていく。

 数が増えればそれだけ荒事に巻き込まれる事もあったけど、それでも皆で居るのは居心地が良かった。


 しかし、死は避けられない。

 追われ続ける毎日変わってから、死んでいく者も出てきた。

 それでも何とか国境を越えて北の大陸に入ることができた。


 そして、私は一人、魔王の元へ出向いた。


「言うのう小娘。カッカッカ、気に入った」


 龍の王にして最古の魔王は私の提案を受け入れてくれた。


「孤島でええか? 200年前の『雲の魔王』との戦争で焼かれてしまったが今頃は緑豊かになってるハズじゃわい。基地や廃村があれば好きに使ってくれて構わん」

「私からは何を?」

「時折呼ぶ。それ以外は別に領地に居てくれるだけでええ。お主がワシのシマに居ると言うだけで他の魔王には牽制になるじゃろうて」


 私たちはようやく安住の地を得た。

 何も脅威に晒されない日々は仲間の誰もが望むモノだった。

 理不尽な死は襲ってこない。廃村を復興し、田畑を耕し、笑って時に泣いて、皆が願い続けた日常を手に入れたのだ。


 孤島に来てから10年ほど経ったある日、村の上空に現れたゲートから『人族』が降ってきた。






『着地は成功です。ですが、ゲートのエネルギーによりアーマーの機能は一部停止』

「再起動しろ」

『周囲に生体反応を検知』


 それは決して忘れる事の無い、“彼”との邂逅だった。

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