第8話 Tom&Jerry

「年齢にしては手が大きくて指が長いわ。天才ってそういうところがあるわね」

 日常の世話をしてくれた二十代ぐらいの女性が、そんなことを言っていました。彼女は「リタ」と名乗っていましたが、ぼくのカーヴィーやラビット・ボーイと同じように本当の名ではなさそうでした。個人的なことは一切口にせず、クリスに言われたことだけをやっていました。

 タックルは怖いです。でも弾かれても構わないので、相手にぶつかっていくことに慣れました。それもまともにぶつからず、かするように身をかわすことも覚えました。相手はバランスを崩せばそのまま自分の重さで倒れます。つまり上手に相手のバランスを崩せばいいのです。足首、手首など弱そうな部分を狙う、わき腹や股間を狙うことも覚えました。汚い手です。ただ偶然当たってしまうならしょうがない。上手くやれば、偶然です。

「おまえ、汚いことするなよ。ずるいぞ」とあとで襲われることもあるのですが、逃げているぼくを追って来る連中は、どう見ても大人からすると止めるべき悪いヤツに見えるようで、マンガの「トムとジェリー」と同じ現象が起きるのです。

「やめなさい、どうしてカーヴィーを追いかけ回すの!」と怒られるのは彼らです。

 そのうち、ぼくはちゃんとサーブができるようになり、シュートを投げられるようになり、フットボールをスパイラルをかけて投げられるようになり、でっかいやつにタックルできるようになっていきました。いつしか技術とスピードを身につけて、正しい方法で相手を倒せるようになったのです。

 そうすると、あとで追いかけ回されることもなくなりました。

 乗馬は楽しいし、自転車も悪くない。水泳はクロールと背泳ぎならできます。登山はハイキングよりロッククライミングが気に入りました。

「ラビット・ボーイ、今度からおまえはモンキー・ボーイだ」とガイドの人に言われました。体重が軽いので、大人には困難な小さなホールドを使って岩山の上へ行くことができました。少しぐらい失敗しても、挽回できる。それを知ってから、怖いことでも向かっていけるようになっていました。

「おまえのおかげで、新しいルートを見つけたよ、すごいぞ」とガイドは喜んでくれました。モンキーとそのルートは呼ばれるようになりました。

 たくさんの楽しいこと。ですが、孤独でした。友達はいません。ぼくを本当の意味で知っている人はいません。心から気を許せる人などいません。

 野球やフットボールはチームメイトと敵にぶつかる競技です。そんなときでさえ誰もがよそよそしく、お客様扱い。あるいは腫れ物に触るような。またはどこかの惑星からやってきた怪物のような扱い。彼らが「カーヴィー」と呼ぶとき、そこには得体の知れない宇宙人といった意味まで含まれているようでした。

 親しくなりそうになると、メンバーを大幅に変えられてしまいます。

 チームへの憧れ。仲間、友達。それはぼくにとって、文学や映画といった知識の中でのものであり、自分には得られないものでした。

 クリスとリタは、その中では親しくなれた人たちですが、ぼくの前から去るとき、笑顔がスッと消えることもよくあったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る