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 琉の誘いがきっかけだったが、中央都市大学を訪れて印象に残ったのは、オメガの学生たちの俺たちを見る露骨な怯えたような視線、卑屈な態度だった。

 今思い出してもあまりいい気がしない。

 けれど、中には鋭い目つきの男がいて、思わずそいつに睨まれた。

 そいつには俺が肩にしているアルファのバッヂが見えたはずだ。

 俺が相手にしないようにそいつを無視して通り過ぎようとすると、そいつはすれ違いざま呟いた。

「まぁ今だけそうやって上から目線で澄ましてろよ。時代は刻一刻と変わっていくんだ。いつまでもお前らの時代だと思うなよ?」

 俺は奴の挑発めいた言葉に少しだけ胸がざわめいたが、もちろん表にその感情を見せることはない。

 彼の肩にあるバッチを見ると彼はどうやらベータのようだ。


「ふ、最近のなんでも平等主義ってやつか……けれどどんなにがんばったところで、お前らは所詮は下級であり、弱い生き物だ。力にも限界がある。そして何よりも本来の目的である繁殖を放棄して、表向きだけでもアルファの つ も り になりたがる奴らがいかに多いか」

「なんだと?」

「いいか。お前らベータにもはっきり言ってやる。身分はあった方がいい。それぞれの種族にはそれに見合った能力がある。それなのに最近のお前たちは少し調子に乗っているようだな」

 俺の言葉に他のベータたちが反応した。


「どんなに頑張っても、どんなにいい薬で抑え込んでも、アルファという最高位の血より上に立つことはできない。それだけは覚えておけ。アルファたちの活躍があるからこそ、お前たちが今日まで生きてこれたんだ」

「なんだと!」

 男が俺に掴みかかろうとして、一人の人間が抑えた。

「よせ、やめろ」

「……くっ」

 そいつはどうやらオメガのようだ。

「今の政権が少しだけ俺たちオメガにチャンスを与えてくれている、でもそれは俺たちがちゃんとしているのが前提なんだぞ。こんなところでアルファに逆らっても俺たち自身を貶めるだけだ。そうだろ?」

 男を庇うようにして他の仲間も彼をなだめた。


 オメガの奴らの中には肩を震わせ少し涙目になりながら、そのままぐっとこらえる者もいた。

 俺は何も間違ったことを言ってはいない。奴らも正論だと思っているからぐうの音も出ずにいるんだ。

 廊下の片隅でそれを見ていた男の視線が俺は気になった。

 見たことがない奴だったが、黒髪の男は少しザンギリ頭でお世辞にも身分がいいようには見えなかった。

 彼が去っていく時に彼の肩にはベータのバッジがついていたのを俺は見逃さなかった。




 その時のことを思い出して俺はため息をつくと大きく深呼吸をした。

 この辺りは空気が特別いい。防塵マスクも必要ない。

 普段意識することのない透明なドームは空が届きそうなほどの大建築物だ。

 時折ゆったりとした飛行船があちらこちらを移動して、上空の空気を常に清浄化している。

 ドームの形も大きさも地域での違いがあるが、ここは特別クリーンな場所だった。

 数世紀前には俺たちが今いる環境のような生活は、当たり前に地球全土に存在していたそうだ。


 琉がデジタルフレームを閉じると、それらは腕時計型の小さな画面に吸い込まれるようにして消えた。

 そして琉は俺の頭ポンと軽く叩く。

「……んだよ、それは止めろっていつも言ってるだろ?」

「お前だって昔は俺にいつもしてくれてたじゃないか」

「……嫌味かっての!」

「そうか……? 俺は嬉しかったけどな」

 琉は小さい頃は俺より身長が低かった。けれど中学に上がる頃にはどんどん俺の身長を追い抜き、今では頭一つ分も差がついてしまった。

 俺がそれをうっとおしそうに払いのけ、軽く睨みつけると琉はからかうように笑った。

 絶対こいつ計算してやってるなと思う。

 俺たちは立ち上がると午後の授業を受けに校舎に戻ることにした。

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