『あ、甘い』


広めのワンルームの廊下の先。


一見。


部屋の中は、数々のぬいぐるみが、並んでいて、ファンシーな色合いとともに、なんともガーリッシュな空間となっていた。


しかしカナデは


可愛い部屋、というノゾミの感想に。


間髪入れずに必死に否定する。



「ちがうっ! そっちはあたしじゃない」


「え?」


 間取り的に、廊下の先のすぐが視界に入りやすいが。

 よく見ると、部屋の真ん中にあるテーブルを境に、右側はガーリッシュなピンキスト、左側はシックなゲーミングルーム、という別空間となっていた。


「じゃあ、こっちですか?」


 まるで、男の子の部屋という感じの、ゲーム機やパソコン、ノートパソコンで占められた片側は、ある意味、そっちサイドのプロっぽさがあり、本棚に並ぶ何冊もの軍事雑誌をも考慮すれば、若干むさくるしい。

 ただ、壁にかかる上着やカバンは、相応の女性らしさを感じる所だ。


「そ。そっちの甘ったるい一帯は、ルームメイトのよ」


「相部屋なんですね」


「まぁね。今は出かけてるみたいだけど」


  

 つまり、相部屋の住人も、被験体なのだ。

 

 ノゾミはカナデに促されて中央のテーブルに座る。



「飲み物、コーヒーで良い? インスタントだけど」

「ありがとう。何でもいいですよ。どうせ味しませんから」

「そお?」


 そう言って、キッチンでカナデは、コーヒーを淹れて戻ってきた。

 コーヒーの粉をカップに入れて、ポットのお湯を注ぐだけなので、30秒もしない。


 そして、テーブルに白い小瓶とフレッシュが置かれた。


「それは?」 


 ノゾミは小瓶を指す。


「お砂糖よ。良かったら試してみたら?」


 カナデは、フレッシュも砂糖も入れずにそのまま飲む。

 ノゾミはそれをじっと見つめていた。

 その所作や、状況や、部屋の趣味もあわせて、ノゾミにはカナデが、とても大人に見える。

 女子高生と女子中学生の差というべきだろうか。

 

 それに。

 珈琲は大人の飲み物。

 

 というイメージもあって、ずっと避けていたノゾミだが、

 

 どうせ味なんてしないんだ。

 と、いうヤケッパチ精神で、ノゾミはコーヒーに挑みかかる。


 生涯、初だ。


 


 ノゾミは、カナデの案を受けて、試しに、お砂糖を一杯入れる。



 そして、意を決して一口飲んだ。


「あ……」

 

 味覚の大半は香りに影響されるという。



 かき氷のシロップが、色と香料の違いだけで、実は全部同じ味、というのは有名は話だろう。


 

 味覚はダメでも、嗅覚は生きている。


 ――香りの強い珈琲は、味覚を無視して、ノゾミに嗜好をもたらした。


「これ……いいかも」


 お砂糖の効果はゼロだが、香りだけで十分に楽しめる。


 それに、少しだけ苦みを感じることが出来た。


 ……ノゾミの視線は、白い粉の入った小瓶に惹かれる。


 ほんの僅かでも、苦みを感じるなら、甘味も可能性があるのではないか?


 そう思えば、勝手に手がそれを、試しだす。


 カップに、さじ一杯の砂糖が注がれ、


 注がれ、


 飲む。


 注がれ、


 飲む。


「……」


 その様子を、カナデは、珈琲を飲む姿勢をフリーズさせて、見つめてしまう。

 ちょっとドン引きしていた。

 ノゾミは、お砂糖を入れては飲み入れては飲み。


 そして。


 もう砂糖が溶け切らないという所になって。


「あ、甘い」


 ようやく幸せを感じられたノゾミは。


「そっか、こうすれば味も解るんだ」


 新しい発見に喜んだ。


 その様子を呆れて見ていたカナデは、ようやく「あんたね……」と呟き、続ける。


「一応、人間の所は太るからねそれ」


「うそっ!?」


「当然でしょ。顔だけ無様に太っても知らないわよ?」


 黒い液体に溶けた砂糖をいまさらかき出そうとしても遅すぎるし、飲んでしまった分はどうしようもなく。


「うええ……」


 ノゾミが絶望する中。


 「ところで」、とカナデ。


「あんた、趣味とかある?」



 


  

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