『わあ、意外とかわいい部屋ですね!』


コアの作り出す時空間フィールドは、被験体の中心から球状範囲に作られる。


その範囲は、コアの能力に依存している。

一般に、レベルが高い者ほど範囲や、時間干渉力が高い。


また、被験体の移動速度にも影響を受ける。


つまり、時速350キロメートルで動くカナデのフィールドは数キロ程度であり、そこを越えた範囲には影響はない。


とはいえ時間の流れの差が生まれる以上、被験体以外の者が、カナデやノゾミに気づくことは無く。


ふたりは誰にも見られることなく、公舎へたどり着くことが出来た。





――カナデは、施設の正門前に降り立つと、武装を解除する。


「ここよ」


その横に、ノゾミも降り立った。


時間の流れが元に戻る。


――


そこは、比較的広い敷地に、大小幾つかの建物が立つ場所で、一見すると工場のようにも見える。


閉鎖された格子状のゲートの隙間から見える内部の景色に、ノゾミは、


「思ったよりも広いんですね」


という感想を覚えた。


正門のサイドには、警備室も備えられていた。

カナデはそこを目指し、ノゾミも付いていく。


「まぁね、事務所棟に、宿舎棟、食堂棟に、訓練施設……ここは寝泊まりするためだけの場所じゃないのよ」


正門の警備室には、警備員と、少女が一人、詰めていた。


そうして、カナデは、警備室の窓口に座るおじさんに話しかける。

「ただいま、古市ふるいちさん」


 古市と呼ばれた警備員は、すぐにノゾミの姿にも気づく。


「おかえり、カナデちゃん。……その子は?」

 

 顔を向けた古市警備員に、ノゾミは一礼で答えた。


「古市さん、この子、私の友達なんだけど、入れていい?」


「ほう、友達ね。――もしかして、その子も、……か?」


「うん。私よりも強いわよ?」


 そう言って、肩をすくめるカナデと、


「そりゃ、おっかねえ。うかつに逆らったらこっちがお陀仏だな」


 笑う警備員。


 その物言いに、悲しいやら腹立たしいやらで、思わず嘆息するノゾミだった。


 普通、施設の警備員は、入退出管理のため、受付を行うものだが。

 この施設の警備員は、世間体的に、児童養護施設であることを偽装するためのものだ。

 本当の警備担当は、古市警備員の横にいる、少女の方だった。

 


 なぜなら、この敷地に居る少女たちの大半は、被験体たち――すなわち、強化改造をされた者たちだからだ。 


 そのことは、古市警備員も良く知っている。

 警備を行う必要が、まるでない、ということもだ。


 この古市警備員は、口の堅さを買われて配属されているだけの、ただの一般人に過ぎなかった。


 故に。


「……構わないさ。どうせ、オレは飾りもんだからな。ただ、他の子たちと喧嘩はするなよ。後始末が大変だからな。この前も壁一枚粉々にされて、支援課の連中が頭を抱えてたんだぞ」


「解ってるわよ」

 

 


 そうして、警備室内の少女が、ゲートを開けてくれる。 



 いくつもの施設が立ち並ぶ敷地内。


 足を踏み入れると。



 警備室近くには事務所棟が、その先には食堂棟が。

 そして、最奥に、公舎――つまり、宿舎棟がある。


 芝生や、植木で彩られた敷地内を、ノゾミとカナデは歩く。


 道中。

 

「あ、カナデ様、おかえりなさい」

「うん、ただいま」


「おかえりなさい、カナデ様」

「ただいま」


そんな感じで、カナデは幾人もの少女たちに声をかけられる。


「ずいぶん人気なんですね、カナデさん」


「戦闘員ってのはみんなこんな扱いよ。ここの子たちは、大半がコア移植が上手くいかなかったり、コアレベルが低かったりする子たちだから。ちゃんと、戦闘員として働いている者には、敬意を表すの。……これは、VITの社員規定でもあるし、みんなに教えられてることでもある。あたしのレベル・ファイブっていうのは、結構希少で優秀な方なんだけどね――あんたがレベル・セブンだって聞いたら、皆、腰を抜かすかもよ」


「そんな……」


 ノゾミは、それに嬉しいとも思わず。

 それよりも。



 自分のように、不幸を背負った者が、ここにはたくさんいるのかと思えば、気持ちは明るくない。

 ただ、気落ちした声で応じるしかできなかった。


 そこに、カナデは厳しい声で言う。


「同情ならやめなさいよ? この子達がみんな、不幸だなんて思ったら大間違いだから」


「え?」


「世の中にはさ、人間のほうがよっぽど化け物だって、思えるような事件がいっぱいあんのよ。そういう犠牲になった子たちも、ここにはたくさんいるわ。あたしみたいに、重病を負ってた子だっている。――ま、家族ともう会えない、って点だけは、不幸なのかもしれないけど」


 そうして、宿舎棟に差し掛かるころになって、ノゾミは気づく。


「そういえば、ここに居る子たちは皆、女の子ばっかりなんですね」


 かんかん、と階段を上がるカナデのお尻を追いかけながら、ノゾミはそんなことを口にした。 

 女性というだけでなく、見た目の年齢も10歳~18歳くらいの子達ばかりだった。


「当然でしょ。二種類も身体を用意するのは無駄よ。それにどうせ、あたしたちはもう、子供を産めるような身体じゃないんだし、余計なもんくっつける意味もないでしょ」 


「男の子は居ないってことですか?」


「元が男であろうと、一緒よ。用意できる強化素体が女性体ってだけ……さっきの警備室に居た女の子も、もとは男の子だったらしいわ」


「そうなんだ……」


 カナデは、宿舎棟の1706という番号の部屋の扉前で立ち止まる。

 普通のアパートの扉よりも、いくらも頑丈そうな扉だ。

 カギを開けてそこに入ると。


「ここがあたしの部屋――どうぞ」


 中のつくりは、良くあるワンルームのような間取りだった。 

 そして、その部屋に入ったノゾミの感想は――


「わあ、意外とかわいい部屋ですね!」 


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