『……と、友達!?』


2人の武装が解除されれば、時空間は現世に追いつき、次第に元に戻る。


ふわふわの金髪だったカナデは、黒髪の長いストレートに戻っていた。

その服も、高校生のブレザーだ。肩にはカバンもひっかけてある。


そして。


殆どが人工器官で、サイボーグのような身体だったとしても。

心は疲弊する。


カナデのことよりも、何よりも。


それが顕著なノゾミを休ませるという意味でも、カナデは、ひとまずノゾミの自宅にお邪魔することにした。



リビングのテレビの有る部屋。

そのソファに、ふたりは腰かける。


まず。

カナデはカバンから書類の入った封筒を取り出して、テーブルに置いた。


「これは、風見さんから。入社用の書類と、検査用の書類ね。あと、VIT開発室の資料も入ってるわ。これはぜんぶ守秘義務が課せられるから、誰にも見せてはだめよ。ま、1か月たてば、勝手に消えるようなインクを使ってるらしいけど。再発行が必要なら、風見さんに言うか、本部に直接行って」


「は、はい……」


「あとは、あんたのシュレッドのIDを教えなさい。会社用じゃない方の端末ね」

 

 シュレッドとは、無料通話や、メール、チャットが行える通話アプリのことだ。


「会社用じゃない方の?」


「当然でしょ。社用端末は、全部監視されてんのよ? 何話してんのか全部筒抜けなんだから、そんなのプライベートに使えないわよ」


「そっか……えっと」


 ノゾミは、自分用の端末を取り出す。

けど。

ノゾミの友人は愛海だけだ。

長らく、フレンド登録なんてしたことが無く。

シュレッドのIDがどこで見れるのか、もう思い出すことが出来なかった。


「あーもう、じれったいわね。貸しなさい」


 じれたカナデが、勝手に全部やってのけた。

 

 「はい」、と登録完了した端末がノゾミに戻される。


「っていうか、あんた、ほんとに友達いないのね」


 きっと、端末に登録されている人数が、4人しかなく。

 母、姉、自宅、愛海しか無かったからだろう。


「……いいじゃないですか。そういう人だって、世の中には居るんです」


「まぁね。あたしもヒトのことは言えないし」


「え?」


「あら、意外?」


 無言を決め込むノゾミのその反応は、イエスと同じだ。


「……そういえば、カナデさんって、被験体になって、不幸だって思わなかったんですか」


「思わないわ」


 カナデは、スパッと言い切った。 


「ヒトじゃなくなってしまったのに?」

 

 カナデは嘆息して尋ね返す。


「あんたがいう、ヒトである部分って、どこのことを言ってんの?」



「え? それは……ごはんが美味しいとか、眼が良くないとか……」


 それを聞いて、カナデはくすくすと笑う。

 あまりにもスケールが小さくて。


「あんたバカでしょ?」


 ノゾミは釈然としない表情だ。


「ごはんが美味しくないのは、困ると思うんですけど?」


「……まぁ、そりゃそうだけどさ」


 カナデは、ソファに背を預け、他所の、知らない天井を見上げて――。


「あたしは別に、ヒトでありつづけることが幸せだなんて思わないわ。さっきも言ったけど、幸せかどうかを決めるのは自分自身だし、幸せかどうかを感じるのは、自分自身のモノサシの問題でしょ」


「モノサシ……?」


「そ。あたしからすれば、普通に自分の脚で歩けるだけでも幸せってもんよ」


「……それってどういう意味ですか?」


 ノゾミの問いに。 


 カナデは、その先の話をするかどうか、悩んだ。

 悩み、無言が続く。


 リビングに、時計の秒針の音が、30回ほど響くと。


 ついに、ノゾミが心配しだす。


「カナデさん?」


 そうして、カナデは、『言う』と決めて、ぽつりと話し出した。


 おもむろに。


「あたしはさ、産まれた時から、脚が二本ともなかったのよ、先天性異常ってヤツ


「えっ?」


カナデは、そんな話を、軽い口調で言い始めた。


「ま、世の中もっと困ってる人はいると思うし、あたしなんてまだかわいい方だと思うけどさ、それでも、あたしの両親は、そんなあたしを認めなかったんでしょうね。世話を全部使用人に押し付けて、ずっと、あたしは部屋に閉じ込められてた。もしも、うちが裕福な家庭じゃなかったら、どこかに捨てられてたかもしれない……」


 そう思えば、捨てられないだけまだマシだったかも、とカナデは笑う。


 そんな話を、ノゾミは、どう受け止めていいか分からずに、ただ、「そんな……」、としか返事が出来なかった。


 カナデは続ける。


「そのときのあたしは、1階のトイレには自分で行けやしないし、トイレの度に仕事と割り切ってる使用人に頼むしかないしさ……。もちろん、友達もいなかったし、私にできることは、ノートパソコンで遊ぶことと、本を読むことくらいだったわ。小学校くらいまで、あたしはずっとそうだった――」


「でも」、とカナデは言う。


「あるとき、うちのパパの書斎に、白衣を着たおじ様がやってきた。それが発足したばかりのVIT機関所属の杉岡恭司すぎおかきょうじ。つまり今の室長、だったってわけ。うちのパパは、ウィルス研究の第一人者だったから、引き抜きに来たのね。ま、特殊部隊の兵士が、銃口を突きつけて、手伝ってくれだなんて、ただの脅しだったみたいだけど」


「それで、応じたんですか、お父さん」


 ううん、とカナデは首を振る。


「断った。頑固な性格だったからさ――それで、その場で撃たれて死んだわ。ヴァイラスコアや、まだ未発表の代替医療技術とか、一般人が聞いちゃいけない話をしてる時点で、手伝うか死ぬかの二択だったのよ。室長はそのあと、あたしの部屋にもやってきた。壁越しに話を聞いちゃってたアタシも、殺しに来たの。だけど……被験体になるなら、助けてやるって言われてさ……。被験体ってのの詳しい話を聞いて、あたしは、飛びついたわ……。だって、アタシにもちゃんとした脚がもらえるんだもの。断る理由なんてないじゃない」


「それが、化け物と戦うことになっても……?」


「当然でしょ。あんたには解らないでしょうね。ちゃんと脚が二本ついてることが、どれだけ貴重かってこと。それも生まれた時からなんてさ」


「……」

 返す言葉もなく。

 ノゾミが暗い顔になってしまったのを見て、カナデはそこで話を切り上げた。


「そういうわけで、あたしは今の自分を不幸だなんて思わないわ。十分幸せよ」


 


 カナデの話が終わった時。


 ちょうど玄関の扉が開き、


「あら……?」


 そこから駆け足で、誰かが入ってきた。


 その人物――つまり、ノゾミの姉、愛川幸来あいかわゆきな――

は、リビングに見知らぬ人物がいるのを見て、目を丸くする。


「えっと……」


すると、すくっと、カナデは立ち上がり。

丁寧な所作で、幸来に向けてお辞儀すると。


東三条ひがしさんじょうかなでと申します――突然お邪魔してすいません。ノゾミさんのご友人が亡くなられたと聞いて、ノゾミさんの状態が気になって参りました。聞けば昨日も、お家に戻られなかったとか……。ずいぶんショックを受けられたみたいですが……」


「まぁ……」


 ノゾミの姉はさらに驚いた。

 ノゾミに愛海の他に知り合いがいたことも驚きだが、昨日まで意気消沈していた自分の妹が、見たところ元気を取り戻していることが、何よりの驚きだった。

 そしてそれは、何より嬉しい事だった。


 つまり、幸来には、カナデが聖人のように見えていた。


「良いのよ、ゆっくりしていってくださいね」


 ノゾミは上機嫌の姉に呆れるが。

 スラスラと、言葉巧みに窮地を脱したカナデの口八丁には、もっと呆れ果てるばかりだ。


「なんだ、ノゾミ、こんないいお友達が居たのね。知らなかったわ」


「……と、友達!?」


 うそ!?

 

 今、ノゾミの心境は、とっても複雑だった。



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