『……いいのかな?』



「どうぞ」 


 ノゾミの姉、幸来ゆきなは、カナデとノゾミに、手早く、お茶とお茶菓子を用意する 

 お盆に乗せて運び、テーブルに置く姿は、キビキビと働くウェイトレスのようだった。


「ありがとうございます」


そして、慌ただしくリビングを出て行こうとする。


「ごめんね、カナデちゃん。私すぐに出なきゃいけなくて」


「いえ、お構いなく。私もすぐにお暇しますから」


「良いのよ気にしなくて、カナデちゃんのお相手は、ノゾミに任せるわ」


 幸来は、そう言い捨てるようにして、パタパタとスリッパの音を立てて自室へ向かい、階段を上がっていった。


そうして、5分ほどすると、真っ黒なスーツに着替えて出てきた。


喪服だ。




そう。

愛海は死んだことになった。


だから、葬儀が行われる。


葬儀の準備、通夜、お葬式。

葬儀のために、行わなければならない遺族の準備は、想像以上に多岐にわたり、迅速さも要求されるものだ。


ノゾミの友人の死亡は、ノゾミの姉にも母にも他人事ではない。

愛海の家との付き合いもある。

故に、ノゾミの姉と母は、葬儀の手伝いを買って出たという訳だった。



「それじゃ、ノゾミ、私、愛海ちゃんのお家に行ってくるけど……」


幸来は、ノゾミも行くかどうか、そしてカナデはどうするのか。


それを気にして、言葉を途切れさせた。

二人の選択によっては、幸来の動きも変わってくるからだ。


しかし。


「うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」


 ノゾミのその言葉が答えだった。


 ノゾミは、愛海が実は生きていることを知っている。


 そして幸来は愛海の件で、ノゾミが意気消沈した姿を、昨日見ている。


 まだ、ノゾミの気持ちが回復していないのだろうと思い。

 どちらにせよ、今日の所はお手伝いだから――。

 


「そう。じゃ、カナデちゃんをよろしくねノゾミ。――あ、そうそう、お母さんも職場から直接行くって言ってたから、今日は二人とも遅くなると思う。じゃあ、行ってくるね」


そう言って、すんなりと出て行った。


その背中に、カナデは羨ましそうな視線を向ける。


「良いお姉さんね」


「うん、ちょっと心配症だけどね」



 そういえば、と言った風に。



「……そっか。お葬式あるんだもんね」


幸来の出て行った玄関の方を見つめながら。

ノゾミはつぶやくように零す。

他人事のように。



「ま、そういうことになったからね。――ありもしない死体をでっちあげるくらい、訳ないのよ。あの組織には」


カナデの声も、淡々としていた。


存在しないはずの愛海の死体を用意したのは、もちろんVITだ。

正しくは、VIT開発室直下の、VIT開発室支援課。

その中の、特殊処理専門の部署だった。


いわゆる、隠蔽工作を行うのが仕事の部署である。


VITはその性質から、義肢や人工器官など、代替医療に通じる技術に秀でている。

家族にすらばれない程、そっくりの死体を作るくらいはやってのける機関だ。

身体の九割五分を失っても、脳の主要部分さえ無事なら、元に戻せるほどの技術力がある。


もちろんその大半は、一般には公開されていない、非合法な技術だが。



少しだけ温くなったお茶と、お茶菓子を、ばりばり、ごくごく、と平らげ、カナデは立ち上がった。



「じゃ、あたしもそろそろ帰ろうかな」

 



「そういえば、カナデさんは、どこに住んでるの?」


「あたし? あたしの家は、VITが用意してくれた被験体公舎よ。あたしみたいに両親が居ない被験体は、みんなそこにいるわ。表向きには、児童養護施設ってことになってるけど」


「へえ……」


「あんたも来る? どうせ今日ひとりなんでしょ?」


「……いいのかな?」


「ま、良いんじゃない? 特に禁止されているわけでもないし」


「じゃ、洗い物だけするから待って」


「手伝うわ」


 そうして、その後。


 ノゾミは、カナデの住む公舎へ向かうことになった。

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