『こんな力、要らなかったのに――!』


「――!?」


 悲鳴をかき消して、戦車砲からの榴弾が、地上に着弾する。


 腹の中に響き渡る爆音。


 破砕し飛び散る破片、子弾が周囲を蹂躙する中――。


 ジェットタービンエンジンによる超加速は、大まかな回避運動を、余裕で間に合わせる。

 

しかし、大まかな。という所が大きな隙であり。


飛び散る切片群に、その超高速のまま突っ切ることになる。


「っくぅ!?」


大打撃は受けずとも、多数のかすり傷が、ノゾミを襲った。





それでも、武装化中の防御力は凄まじく、さらに、自己修復機能も備わっているため、傷は速やかに塞がっていく。


が、しかし。


そこに。


スズメバチのように宙を飛ぶ戦車少女から発せられた毒針スティンガーの追撃が飛来する。


ノゾミの手には二挺のガトリングガン。


迎撃するか、回避するか、その一瞬の選択は、瞬時になされなければならない。



けれど。


ノゾミにとっての――否、IC被験体にとっての一瞬は、一瞬というにははるかに長く、コアの空間支配能力の産物か、音速の2倍で飛ぶそれに対し、選択を吟味する余地を、生み出す。


それはいわゆる、自身に対しての、時間加速能力に等しい。


そして、ノゾミの選択は本能的だった。


ガトリングガンの収納、肩部モジュールの閉鎖、肩部機首構造の変形、頭部装甲が顔を覆い隠し、外套が所定の位置と形状に収まり、垂直、水平尾翼を展開、長い尻尾が頭部に向けて真っ直ぐに折れ、槍のような先端が、機首を担えば――。


地上に着弾する小型スティンガーミサイルの爆風をかき分け、


両翼を広げ、


アフターバーナーで舞い上がるその姿は、人サイズの黒鳥――。


真っ黒な戦闘機そのものの姿だった。



「変形した……!?」


秒にも満たぬ間に、姿を変えたノゾミが、一直線に空へ上がり、高所というカナデがとっていた有利を、あっという間に逆転した。


戦闘機と化したノゾミの、開く肩部アーマーの扉から、ガトリング機銃の銃身がのぞく。


ヘッドオンでカナデに迫る小型戦闘機。



巡航形態でも機銃掃射が可能なのは、実物の戦闘機と同じ。さらに――。


お返しとばかりに、降り注ぐ小型の――翼を付けた何かが複数、羽ばたきながらカナデに襲い掛かる。


「なにアレ?」


カナデは戦闘員だ。

自身に関連する兵器について多少の勉強もしている。

だが、そんな兵器は見たことが無かった。


まさに動物的。


形状、色からして、蝙蝠に酷似している。


そんな。


翼をはばたかせて飛んでくる兵器など、現代にありはしない。


あるとするなら――。


「ドローン爆弾!?」


カナデは、合計8匹の飛行物体に対し、手にしている重機関銃による迎撃を試みる。


だが、スっと、その飛行物体は、俊敏に回避行動を取った。


まるで、意思があるかのように。


「うそ、避けた!? この!」


 一匹も落とせない、迎撃不能。


 その判断により、カナデは、砲身を折りたたみ、代わりに背部ユニットの左右両側面に、バインダー状に納めている装甲カーテンを展開する。


それは、カナデが持つ最強の守りだ。

通常は防御をマントに頼っているが、攻撃を捨て、最大限防御を行う際には、それを使用する。


カーテンの準備終了と、蝙蝠爆弾の着弾はほぼ同時。


カナデの予想通り、ドローンは、次々と突撃して爆発を巻き起こす。


「くっ!?」


ヘリのローターとなっている4枚のリボンが損傷し、飛行能力を失って、カナデは地上に落下する。


がん、どがん、と重々しい音を立てて、地面を転がった。


それは受け身。


ぎゃりりり、と即座に態勢を整えたカナデは、各履帯を駆動させ、地上をバックで滑る。


「……思ったより、やるわね、ノゾミ!」


そこに、


ノゾミは人型形態に姿を戻し、スカイダイビングのように舞い降りながら。

その両手に機銃を構えた。


「――私……」


頬を伝う涙が、落下するノゾミとは逆に空へ舞って消えていく。


各ウェポンベイが、最大に開き。


「私……!」


機銃掃射、空対地ミサイル、スマートボムが

カナデに向けて、雨あられと放たれた。


「こんな力、要らなかったのに――!」


ノゾミの全力の攻撃だ。

それを、カナデは、全力で受け止める。


機銃は装甲によって問題にならない、ミサイルは全弾発射するミサイルをもって迎撃。


ボムは、蛇行移動で狙いを逸らし、最終的に、装甲カーテンで耐え凌ぐ。



それでも――。


もともと対戦車用だった兵器を浴びて無事でいられるはずはない。


剥がれた履帯。裸の車輪で無理やり走行するほど。


既にボロボロだが、さらに。


上空から落下するノゾミは、レーザーエッジで切り込んだ。


やつあたりしろと、言ったのはカナデだ。



もっと利口な受け方はあったが、カナデはあえて、その刃を、戦車砲を展開し、砲身で、で受け止めた。


火花が散り、長い砲身の背に、傷が深々と浸透していく。


今、ノゾミとカナデの顔は間近にある。


カナデには、ぐしゃぐしゃになったノゾミの顔が良く見えていた。


「あんたバカね」


カナデは言う。


そして告げる。


「あんたは、勘違いしてるわ」


「え?」


 ノゾミの攻撃の手が緩む。


「アンタの友人が本当に不幸になったのかどうか、死んでたほうが幸せだったのかどうか、そんなのアンタに分かるわけないでしょ。その、ナルミって娘が、幸か不幸かを決めるのはアンタじゃないのよ。ナルミ自信でしょ」


 それはそうだ、とノゾミは思う。


「でも……」


「被験体になったことで、幸せになったヤツだっているわ。今アンタが、色々悩んで、悲しんだり、怒ったりするのは、早すぎんのよ!」


「幸せ?」


「そう。あたしみたいにね……」

 

 戦意の喪失に合わせて、

 ノゾミのレーザー兵器が収まる。


 カナデは砲身を投げ捨てた。


 戦意を失い、心の中の激情を、弾薬と共に出し尽くしたノゾミは。


 砲身の支えを失って、力なく崩れ落ちる、その身体を、


 武装を解き。

 

 カナデは、その手で抱き寄せる。


「まったく、手間かけさせないでよね」


「カナデ、さん……?」


「カナデ、でいいわよ」

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