夏の元気なごあいさつ―弐

「改めて訊かれると、なんでなのか気になってくるな」

「うむ。我はそのような習慣は知らぬぞ。ほれ、そのスマホとやらで調べてみんか」


 何故か“スマホ”は知っているらしい。壱弥には、ナナシの知識の基準がよく分からなかった。

 言われた通りスマートフォンで中元の由来を調べてみると、もともとは中国の道教に由来すると書いてあった。

 かつて中国では一月十五日、七月十五日、十月十五日を「三元」として祝う習慣があり、七月十五日(中元)に半年間の無事を祝い先祖の供養をしていた。それが日本のお盆と結びつき、親類や知人を訪ね合い互いに贈答をするようになり、その習慣を「お中元」と呼ぶようになったとされている――と壱弥が読み上げると、ナナシは感心した様子で深く頷いた。


「外から入ってきたものをよい習慣として受け継ぐのは、日本人の美徳じゃのう。イチヤ、オチュウゲンで届いた“まんごおぜりぃ”は、毎年必ず我の元へ届けるようにな」

「覚えてたらね」

「それにしても、そのスマホというものは便利じゃのう。書物を読まずとも、いろいろと調べられるのか」

「あ、そっか。図書館だ」

「ん?突然なんじゃ?」


 壱弥は立ち上がり、部屋着を脱いだ。Tシャツとジーンズに着替え一階へ降りていくと、ナナシも黙ってついてきた。

 

「母さん、原付借りていい?」


 台所にいる母に声をかける。

 

「どこ行くとね?お昼は?」

「図書館。多分二時間ぐらいで帰ってくるから、昼はそれから食う」

「それなら、きぃちゃんちに寄ってくれんね」


 原付の鍵を手渡しながら母が言った。

 “きぃちゃん”とは、幼馴染の高岡希穂たかおかきほのことだ。希穂の家は図書館へ行く道の途中、香月家から徒歩五分ほどのところにあった。


「ほら、これ持ってって」


 スーパーの袋に無造作に入れた、大量のオクラだった。

 母は家庭菜園でさまざまな野菜を作っていて、それを近所におすそ分けするのが習慣なのだ。


「トショカンとは、多くの書物が読める場所であろう。そこに何用じゃ?」


 オクラを受け取り玄関を出ると、やっとナナシが話しかけてきた。むやみに人前で話しかけないよう、一応は気を遣っているらしい。


「町の図書館なら、あの神社とか祭のことが分かるかもしれないと思って」

「ほう、イチヤは勉強熱心じゃの」

「お前を祓う方法が分かるかもしれないし」

「なんじゃと?我を憑き物のように言うでない、ばちあたりめ」


 口をとがらせて抗議するナナシを無視して、原付のエンジンをかける。

 するとナナシが、壱弥の後ろのシートにちょこんと座った。


「原付は二人乗り禁止なんだけど」

「神は“人”ではなく“はしら”と数えるから、問題なかろう」


 その理屈はよく分からないが、飛ぶのが面倒になったのだろうか。

 神様はノーヘルでも大丈夫なのかと一瞬思ったが、壱弥は考えるのをやめて自分だけヘルメットをかぶった。

 原付を走らせても、ナナシは壱弥の身体に掴まることもなく、ただ後ろに座っているだけのようだった。落ちないのは神様だからなのかバランス感覚がいいからなのか、それもすぐに考えるのをやめた。

 ほどなくして高岡家に到着し、原付を降りると、庭で植木に水やりをしている希穂の姿を見つけた。

 

「あ、いっちゃん!久しぶりぃ!」


 希穂もすぐ壱弥に気がつき、満面の笑みで駆け寄ってきた。

 相変わらず化粧っ気はないが、正月の帰省で会った時より、ずっと大人っぽくなっていた。考えてみれば、その時はまだ高校卒業前だったのだ。

 

「久しぶり、きぃ。髪伸びたね」

「でしょ?がんばって伸ばしとるっちゃん。夏芽なつめちゃんみたいにしたくて」


 希穂は昔から、壱弥の姉の夏芽に憧れている。しかし、気の強い姉と希穂がいまだに結び付かず、壱弥は苦笑した。


「似るのは髪型だけにしとってね」

「メイクも教わっとるよ。今は、すっぴんやけどね」


 姉のように派手にはならないでほしいと思ったが、口に出すのはやめた。


「あ、それ。もしかして、おばさんのオクラ?」

「ああ、そう。きぃんとこ持ってけって言われて」

「やったぁ。ねぇ、上がってお茶飲んでいかん?もうすぐお母さんも帰ってくるし」

「ありがとう。でも今度にするわ。図書館行く途中で寄っただけだから」

「そっか。いつまでこっちおると?」

「来月末」

「そうなん。去年は短かったけん、長くおってくれるの嬉しいなぁ」


 屈託なく笑う希穂に、壱弥も笑みを返した。

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