第30話 決意

【目黒side】



 最近、神戸と西條の様子がおかしい。

 というよりは、どちらかというと西條がおかしい。


 なぜか神戸とはカタコトの日本語で話すし、自分から話しかけに行く割には用事がない上に、雑談もしない。

 ……何がしたいんだろう。


 真相は謎に包まれたままだけど、とりあえずこれは好機だ。今のうちに行動すれば、神戸が私になびく可能性も高いはず。


「神戸、この前のことだけど──」

「ごめん、ちょっと今たてこんでるから」


 廊下ですれ違った神戸は、そのまま私を通り越して、どこかへ行ってしまった。


 ……神戸はキスの一件があってから、距離ができたように感じる。

 でも、それは別に良い。

 確かにあれは失敗かとも思ったけど、私を意識させるためにキスは必要だったはずだから、問題ない。


 ただ、こうも相手にされないと、アプローチのしようがないのも事実で。

 私は次の一手を考えあぐねていた。


      * * *


 放課後になり、私は部室によってから校庭に向かう。

 そこでは既に数人が部活のユニフォームを着用して、準備運動を始めていた。


「おっ、マネージャー。いいところに」

「なに?」


 さかきが、手で「こっちに来い」とジェスチャーをしてきた。

 私は適当な場所にストップウォッチなどが入ったカゴをおいて、ついていく。


「まぁ、この辺でいいか」


 榊は他の部員が周りにいないことを確認すると、タータンに腰を下ろして前屈を始めた。


「ストレッチ手伝ってくれよ」

「あんた、そのために呼んだわけ?」


 いつもそんなこと言わないくせに、何で今日だけ?

 コーチにやってもらえば? と言おうとしたが、コーチはまだ来ていないようだった。

 ……仕方ない、手伝ってやるか。

 私は榊の背後で膝立ちになって、両手で背中をゆっくりと押した。


「最近どうなんだよ、神戸とは」

「……あんたに関係ないでしょ」

「それが、大ありなんだよなぁ」


 榊は足を開いて、左のつま先に向かって上半身を倒す。


「それは、あんたが神戸のことを面白く思ってないって話?」

「そういうとオレが悪いみたいじゃねぇか」

「実際、あんまり良い人ではないでしょ?」

「心外だな。具体的にオレのどこが良くないんだよ」

「陸上部の女子全員にちょっかいかけるナンパ屑野郎」

「ハハッ、あれは向こうから言い寄ってくるだけ」


 うわぁ、マジでクズだな。なんで皆、こんな奴に引っかかるんだろう。

 榊が右に上半身を逸らしたので、そのタイミングで少しだけ強く押してやる。


「めぼしい女子でまだ食ってないの、お前くらいだけどな」

「は? きも」

「わーってるよ、冗談だ。そう怒んなって」

「ナンパ屑セクハラ野郎」

「はいはい、お前は神戸派だもんな。オレも今さらお前に何かしようとは思っちゃいねぇよ」


 榊は体を起こして、降参する時みたいに両手をあげた。


「んで、話し戻すんだけどよ。オレはストレッチ手伝ってほしくてお前を呼んだ訳じゃねぇんだ」

「どういうこと?」

「なんつーか、お前の恋路を応援してやろう、みたいな?」


 振り向いた時の笑みは、なにか企んでいるようにしか見えなかった。

 私は嫌悪感を覚えて、眉間にしわを寄せる。


「……なんのつもり?」

「純粋に、お前と神戸をくっつけたいってだけのことだよ」

「本音を言って」


 私は睨みつけるようにして、榊を詰問した。

 でも榊は、依然としてヘラヘラ笑っているだけだ。


「お前なら、なんとなく予想できんじゃねぇの?」

「……」

「例えば……オレが、西、とかな」


 やっぱり、か……。


「全員揃いも揃って『神戸、神戸』って、目障りなんだよ。あいつがいなけりゃオレの天下だったのに」


 前方の地面に胸をくっつける形で前屈する榊。

 もう私は背中を押さなかった。


「隠しても無駄だろうから言うが、これは復讐だ。オレは西條に恋愛感情なんざ一切持ってない。ただ、神戸にできないことをオレがする。それだけだ」

「……」

「お前はこの方面に鋭いから、分かってくれると思ってるんだけどな。簡単に言えば取引をしたいんだ」


 榊は顔を上げて、立ち上がった。

 アキレス腱を伸ばしながら、榊は続ける。


「西條を神戸から奪う手伝いをしてくれ。見返りに、余った神戸はお前が好きにできる。どうだ、win-winじゃねぇか?」

「……」


 黙っている私から、目を逸らそうとしない榊。

 その視線には、否と言わせない何かがある気がしてならなかった。


「……分かった。乗ってあげる、その提案に」

「ハハッ、クズはどっちだよ」


 私の心に黒いもやがかかっていく。

 認めよう、私もクズなのかもしれない。


「でも複数の女に手を出すようなやからよりは、よっぽどマシだと思う」

「『誰かよりはマシ』って言い訳もクズっぽいと思うぜ」


 確かにその通りだ。そんなの屁理屈でしかないんだろう。


 でも私は、どんな手を使ってでも神戸の心が欲しい。


 ……考えてみれば、普通のことだ。


 好きな人のためなら全てを捧げることもいとわない、なんて。

 結局は相手への病的な執着でしかないのだから。


「……それで、具体的にはどうするつもりなの?」

「そうだな、とりあえず西條の連絡先くらいはパパっと手に入れて。そっからは適当な理由で連れ出してデートでもすりゃオチるだろ」

「ざっくりしてんのね……」


 これで今まで数多の女をたぶらかしてきたのだから、驚くほかない。

 深く考えなくても、どうすれば好意を向けてもらえるのか分かる人なのだろう。


「でも一応、策は練った方が良いと思う。口実がないと、いきなり話しかけたら怪しいでしょ」

「そうか? まぁ確かに、クラスも違うから接点はないけどな」

「だから、私を口実にすれば良いのよ」


 大まかな流れはこう。

 私が神戸にプレゼントを渡したいけど、何を渡せばいいのか迷っている。

 そこで、神戸の幼馴染みである西條をプレゼント選びというていで連れ出す。

 何らかの形で榊と合流し、途中で私が場を抜け出す。


「──こうすれば、西條と榊が二人きりになるでしょ」

「あー、それ悪くないな。……んじゃ、明日あたり西條に声かけとくよ」


 遠くにコーチが来たのが確認できたため、話はここで中断。

 榊はジョギングで向こうの方へ走っていった。


 私は一度深呼吸をしてから、部活動の準備を始めることにした。

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