第28話 今の私は
【暮葉side】
「佐保子先生~!」
「はいはい、あなたの佐保子です。あと海賀は死ね」
「うわあああああん!」
月曜日。
登校してすぐに保健室へと向かい、もはや遠慮もなしに佐保子先生に抱きつく私。
「まさか、ぐすっ、かい君が浮気ド畜生だったなんて……うぅっ」
「西條さんがそこまで言うなんて、珍しいわね……」
そりゃあ口も悪くなる。
だって、小学校のころからずっと片思いしていた相手なんだよ?
それが女好きの最低男だったって分かれば、誰だってこうなるでしょ……。
「もう知らないもん……あんな、かい君なんて……嫌いだもん」
「西條さん……」
私の頭にポンっと先生の手が乗る。
それは心地よい感触だったけど、何かが足りなかった。
「……」
「西條さん? 急に押し黙って、どうしたの?」
「いや、その……もう一回、頭をなでてもらってもいいですか?」
「? いいけれど」
ポンポン、よしよし、なでなで。
やっぱり──
「──なんか違う」
「えっ、あ、ごめんね。西條さんの期待にこたえられなくって……」
「そ、そうじゃないんです! ごめんなさい、独り言なので!」
またややこしいことになる所だった。
気にしないでください、と先生に言ったけれど、先生は若干落ち込み気味。
このまま誤解を残すと可哀想だな……。
「あの、先生が悪いわけじゃないんです。かい君のことを、思い出してて」
「あのド畜生のことを?」
「……っ、まあ、そうです」
なんかモヤっとしたが、そのまま話を続けることにする。
「前に、かい君が頭をよしよししてくれたことがあって。それと今のよしよしは、何かが違うなぁって」
「……そうね。それは、どうしようもないことよ」
先生が天井を見上げて、息を吐いた。
「好きな人の代わりは、なかなか見つからないもの」
先生がもう一度顔をこちらに向けて、
「西條さん、海賀くんのことは嫌いになったの?」
「……き、嫌いに決まってます。あんなの、もう、全然……」
「それでも、海賀くんに頭を撫でられたことを思い出してたんだ?」
「……」
もう思い出したくもない、というレベルまではいっていないのだろうか。
でも、これだけ思いを寄せていた人に裏切られて、嫌いにならないはずがない。
だから、嫌いなのだ。
かい君のことは、嫌いに決まってる。
「別にね、好きだった人を嫌いになっても良い。生きていればそんなこともあるわ」
「で、ですよね。じゃあ──」
「でも、嫌いにならなければ良かったって、後悔することもあるの」
先生は、優しそうに微笑んだ。
ただ、その瞳の奥には、どこか哀しさが宿っているようにも見えた。
「西條さんは、今すぐ海賀くんと縁を切りたい?」
「そ、それは……」
答えることができずにいる私。
その様子を見て、佐保子先生は小さく頷いた。
「ちょっとだけ、私の昔話を聞いてもらえないかしら?」
◇ ◇ ◇
【佐保子side】
大学生になって、人生初の彼氏ができた。
彼は明るい人で、いつでも私を楽しませてくれたし、男らしくてかっこいい所に惚れてしまった。今考えると、「俺様系男子」が自分のタイプなのかもしれない。
いつも「佐保子は俺のだから」とドラマ染みたセリフを言われては、キュンキュンしていた。流石にこの年でそれを言われても響かないだろうけど、当時のピュアだった私にはどストライクだったみたい。
時は流れて、ある日、彼がこう切り出した。
『俺、留学することにした』
私は頭が真っ白になった。
いつでも隣に居ろ、俺の佐保子だから、と言っていた彼が、急に海外へ行くというのだ。
『ごめんな』
もしかしたら「ついてこい」と言われるかも。そんな期待も謝罪の一言ではじけ飛んだ。
私は泣きながら
出来の悪い彼女だ。彼氏の夢を応援するどころか、足を引っ張ることしかしていない。
『ごめん』
その言葉が聞こえるたびに、胸が張り裂けそうになった。
あぁ、もうどうしようもないのだと。
『なんで! ずっと一緒にいろって言ったのはあなたじゃない! 信じられない!』
どうにもならないと分かっているのに、出てくる言葉は彼を傷つけるものばかり。
誰も幸せにならないことばかり叫んで、二人の関係をぐちゃぐちゃに壊して。
結局、空港で彼を見送ることもなく、私たちは破局した。
でも──
「でも、後悔してるの。空港に行って、やっぱり行かないでって引き留めてたらとか。あるいは遠距離でもいいから交際を続けましょうって言っていれば、とか」
俺の佐保子だから、と言っていた彼に。
例え離れていても、あなたの佐保子です、と伝えていれば。
「なかなか、好きな人の代わりって見つからないのよね。私は職場に出会いがないからかしら。まだ彼のことを引きずってるのよ」
真剣な表情で聞いている西條さんに、自嘲気味に笑って見せた。
「だから、一時の感情で嫌いになるくらいは良いの。問題は、今からどんな関係を築いていきたいか、冷静に判断することよ。私みたいになりたくなければね」
そう言われて、俯いてしまう西條さん。
一方的に話し過ぎてしまったかしら。こういうのって、カウンセリング的にはあんまり良くないんだけど……。
でも、それは杞憂だったらしい。
西條さんはキッと顔を上げて、一言ずつ、確かめるように、言った。
「私は、かい君のことが──」
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