第27話 どうしてだろう

【海賀side】



 観覧車に乗りながら、俺は考えていた。


 ──なぜ暮葉がこんなにも積極的なのか。


「ねぇ、手繋ごう?」


 ゴンドラの中、隣に座った暮葉がそう提案する。

 その甘いセリフに吐血しそうになりながらも、俺は暮葉の手を握った。

 彼女のすべすべした肌感は、ずっと触っていたいくらいだ。


「えへへ、かい君の手だー」


 ……駄目だ、可愛すぎて脳がフリーズする。

 暮葉の意図を考えようとしても、ついその顔に見惚れてしまって、思考が纏まらない。


「かい君? どうしたの?」

「……いや、暮葉が可愛いなと」

「にゅうう……」


 暮葉の顔がゆでだこのようにプシューと赤くなる。

 ……あれっ!? 無意識に可愛いとか言ってた!? 俺、何してんの!?


 ……いや、でも大丈夫だ。

 暮葉はいつかのように「キモっ」とか言っていないし。


 ……待てよ?

 今の暮葉は、演技をしていないように見えた。

 ということは、だ。

 彼女は今、素で照れているということになる。


 流石に「怒って顔を赤くしている」という筋もない。

 一応その可能性も考慮したが、だとしたら手を繋いだままでいることに説明がつかないからだ。


 だとすれば、残された可能性は一つ。


 暮葉は、脈ありなのだ。


「かいくーん」


 こてん、と暮葉の頭が俺の肩に乗る。

 体を預けるその様子は、ご主人様にかまってほしい猫のようで、愛おしい。


 ……よし、覚悟は決めた。

 このゴンドラが頂上に着いたら、告白しよう。


 外の様子を窺う。

 パーク内で賑わっている人の顔は、とっくに見えない高さだ。誰かに見られるような心配もない。


 俺は静かに呼吸を整えて、その時を待つ。


「あ、さっき乗ったメリーゴーランドがある!」

「ほんとだな」

「……かい君、さっきから口数が少ないけど……もしかして体調が悪かったりする?」

「あぁ、いや、そういうわけじゃないんだ」


 そろそろ頃合いだろうか。

 観覧車の上昇する速度も緩やかになっている。最高点に近づいている印だ。


「暮葉、聞いて欲しいことがある」

「ん、なに? そんなに改まって……?」


 俺たちは互いに向き合うように、体の向きを変える。

 そして、俺は暮葉の目を見つめて、話し始めた。


「俺たち、小学校のころから一緒にいただろ?」

「うん。そうだね」

「色々あってさ、しばらく疎遠になってた時期もあって」

「……うん」

「でもこうして、また一緒にいられるのが……嬉しいんだ」


 こうして話すと少し照れくさいな。

 でも、きちんと自分の気持ちを隠さずに伝えなければ。


 すーっと息を吸い、落ち着いて。

 それから、こう言った。


「だから、俺と付き合ってくれ。ずっと一緒にいて欲しい」


 恐くないと言えば、噓になる。

 暮葉に拒絶されたら、そんなことが頭をよぎるたびに、目を閉じてしまいたくなる。


 でも、やっぱり暮葉の答えをちゃんと聞きたい。

 その思いが先行して、俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見据えていた。


「かい君」


 ポツリと言葉をもらす暮葉。


「私ね……」


 その顔は段々と晴れやかなものになっていって。


「ずっと待ってたよ。かい君が、そう言ってくれるの」


 暮葉は、笑った。

 感極まってしまったのか、その目には涙が浮かんでいる。


「私も、かい君のことが大好き。私を、かい君の彼女にしてください」


 言い終えて、暮葉が胸に飛び込んできた。

 俺も泣きそうになりながら、しかし泣くまいと耐えつつ、暮葉を抱きしめた。


「暮葉、好きだ」

「うん……うん! 私も、大好きだよ……!」


 自分でも目の前の光景が信じられない。

 あれほどまでに恋焦がれていた彼女が、俺のことを好いてくれているなんて。


 きっと、これ以上の幸せは存在しない。


 この時、俺は本気でそう思った。


「かい君……」


 腕の中からひょっこりと顔を出した暮葉。

 伏目がちに、俺の顔を見てくる。

 この雰囲気で俺は何かを察して、ごくりと唾を飲み込んだ。


 遂にこの時が来たのか。

 ……大丈夫だ、イメージトレーニングはしてある。

 焦らず、落ち着いて。


 俺は暮葉の頬にそっと片手を添えて、ゆっくりと顔を近づけた。

 次第に彼女の息が感じられるようになって、気付いたらあと少しで唇同士が触れそうな距離だった。


 そして俺は、目を瞑って──


「あっ、あのっ」

「……ん?」


 焦ったぁ……。急に暮葉が声を出したから、心臓が口から出そうになった。

 前を見ると、あわあわした感じで暮葉がまごついている。


「い、一応ね。先に確認しておきたくて」

「お、おう。いいけど」

「私、本当に彼女なんだよね、かい君の」

「……あぁ、そ、そうだな」


 改めて言われると恥ずかしいな……。

 つい、頬を指で搔いてしまった。


「本当の、本当に?」

「本当だ」

「それじゃあ……川西先輩とも、別れる?」

「……?」


 万莉乃さん? 今は関係ないよな……?


「えっ、別れるんだよね?」

「……どういうこと? それは無理じゃないか?」


 そりゃあ無理だろ。だって、付き合ってないのに別れるなんてできないから……。


「えっ、あ、ええっ!? それでも私と付き合いたいって言ったの!?」

「……あぁ、そうだ」


 よく分からないが、俺が暮葉と恋人になりたいというのは本気だ。そこに噓偽りはないので、強調して言っておく。


「なな、な、なっ……!?」

「? そんなにショックを受けた顔して……何かおかしかったか?」

「おかしいでしょ!? かい君の恋愛倫理観どうなってんの!?」

「お、おかしくないだろ! 俺は暮葉一筋──」

「噓つき! なんでそんな見え見えの噓つくの!?」


 なぜか場がどんどん険悪になっていく……!

 おかしい、おかしいぞ。「暮葉だけだ」と言うたびに噓つき呼ばわりされるんだが!?


 ──結局、観覧車を降りる頃にはムードもへったくれもなくなっていた。


 …………どうしてこうなったんだ。

 この時、俺は本気でそう思った。

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