第25話 たったそれだけ

【海賀side】



 メリーゴーランドが止まるまでに、なんとかしずめることができた。

 何がとは言わない。

 何がとは言わないが……こんな時は、円周率を唱えるのが一番効果的だったな。


 そんなこんなで、気まずい雰囲気の中アトラクションを後にする俺たち。


「いやー、メリーゴーランドなんて乗ったの、いつぶりだろう」


 事情を知らない万莉乃さんが、ぐいっと伸びをしながら呟く。


「……俺も久しぶりに乗りました」

「ん、なんでそんなにテンション低いの?」


 疑問に思った万莉乃さんの視線は、俺から暮葉へ移動した。

 その目には、恥ずかしそうに俯いている暮葉が映っていることだろう。


「……へぇー、アツアツのお二人さんだねぇー」


 万莉乃さん、多分勘違いしてる。初々しいカップルみたいな反応に見えたのかもしれないけど、単に気まずいだけだから……。


「……あっ、あの、私、お手洗いに行ってきます」


 暮葉が空気に耐えられず、近くにあったトイレに向かっていった。


「あらら、恥ずかしがっちゃって」


 万莉乃さん、訳知り顔で笑ってますけど絶対それ違いますからね。

 ……と言う必要もないので黙っておくが。主に俺の名誉のために。


 なんか暮葉がいなくなって、急に肩の力が抜けていくのを感じた。

 気付いていなかったが、俺の体はかなりの緊張状態だったらしい。

 そういえば喉も乾いてるな。

 斜め掛けのリュックからお茶のペットボトルを取り出して、口をつける。


 ……ぷはぁ、うまい。


「あ、それ私にも一口ちょうだい」

「あ、いいですよ──」


 ──と、渡しそうになって。


「って、いやいやいや。駄目に決まってるじゃないですか」

「えー、なんでよー」


 駄々をこねて、万莉乃さんがペットボトルを離してくれない。

 そのまま飲んだら間接キスになるだろ……。


「彼女じゃないんですから、駄目です」

「彼女じゃない──ううっ……私、とても傷ついちゃった……」

「あ、あぁ、すいません……」


 振ったのは俺の方だから、逆に立場が弱くなってしまう。

 やはり万莉乃さんには気を遣って話さなければ……。


「じゃあ、どうして私に渡そうとしたの? ノリツッコミしようとした?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「……もしかしてさ。私と付き合ってる時のこと思い出して、無意識に渡しちゃいそうになったとか?」

「…………」

「ふふっ、図星なんだね」


 からかうように顔を覗き込んでくる万莉乃さん。

 どうして万莉乃さんはここまで鋭いんだ……。ちょっと怖いレベルだぞ。


「……いいからペットボトル返してください」

「あー、海賀くんったら強引」

「強引に飲もうとしてたのは万莉乃さんでしょ」

「……確かに」


 俺たちは小さく笑い合った。

 そして、俺たちが付き合っていた時のことを思い出してしまい……なんともしみじみした気分になってしまう。


「……あの、私、もう帰ってきてるんですけど」


 にゅっ、といきなり暮葉が現れた。

 いや、正しくは俺たちが気付かなかっただけか。……びっくりした。


「あ、おかえり。暮葉」

「ペットボトル」

「え?」

「ペットボトルを、回し飲みしてた?」


 ……どうも暮葉は、俺と万莉乃さんのペットボトル争奪戦を見ていたらしい。

 回し飲みはしていないが、しかし傍から見れば「一口飲んだ後にペットボトルを返した」というシーンにもとれる。


「してないよ」

「…………ふーん」


 どうやら信じていらっしゃらないご様子。

 やってないことを証明するのは難しいからな……。


「西條さん、信じてないでしょ?」

「……まぁ、懐疑的です」


 仏頂面で答える暮葉。それはそれで可愛い顔なのだが。


「えっとね、別に私たちは回し飲みなんてしてないよ」

「…………ふーん」


 やっぱり、万莉乃さんが証言しても信じてもらえないか。

 ……まずいな、このままだと暮葉の心証が良くない。

 ただでさえ「万莉乃さんは元カノです宣言」をしてしまった訳だし、下手したらまだ恋人関係が続いているんじゃないかと疑われかねない。


 万莉乃さん、ここは何とかうまい言い訳を……!


 俺の視線に気付いた万莉乃さんは、少し慌てた表情になりながらも、顎に手を当てて思案している。俺の意図は伝わっているらしい。

 そして数秒の後、万莉乃さんが口を開いた。


「あのね、本当に回し飲みはしてないんだよ?」

「…………」


 依然として黙り込む暮葉。

 そこに、万莉乃さんは続けて言った。


「飲んでない。私は、飲み口を舐めてただけ」


 いやそれ悪化してるからあああああああああああああああああ!?

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