第19話 昔のこと

【海賀side】



 次の日、暮葉は学校を休んだ。


 「俺も休んで暮葉のところへ行くべきだっただろうか」とか、「俺にその資格はない」だとか。一日中、そんな押し問答を胸中で繰り広げていた。

 当然ながら刀矢は何かを察して、何度か話しかけてきてくれたが、それは無意味だと悟ったのか、途中からそれを止めた。きっと俺が放っておいてほしいと思っているのを見抜いての行動なのだろう。正直ありがたい。


 いつの間にか放課後になり、クラスメイトは教室から退出していた。

 目黒を含め、数人は俺を心配して声を掛けるか迷っている様子だったが、やはりそっとしておくことにしたらしい。そのグループが教室から出ると、俺は最後の一人になった。


 なんとなく帰る気にはならず、バッグを手に屋上へ向かった。

 この学校は屋上にちゃんとしたフェンスが設置されているため、出入りが自由になっている。ただ、放課後に残ってまで屋上に行こうとする変わり者は俺だけだろう。


 屋上の扉へ向かっていると、上の方から物音がした。

 ……誰かいるのか?

 引き続き階段を上り、その正体を確かめようとすると。


「……あれ、海賀くん?」

「あっ……先輩」


 扉の前で座り込んでいる女生徒が一人。

 髪をヘアゴムで留めてポニーテールにしているその姿に、俺は懐かしさを覚えた。

 彼女は「よいしょ」と立ち上がり、俺のもとへ駆け寄ってくる。


「先輩とか言っちゃって。よそよそしいぞ? うりうり」


 そう言って、頭を小突いてきた。


「いや、先輩は先輩だから……」

「でもさ! 私的には前みたいに『万莉乃まりのさん』って呼んでほしいなぁ……ちらっ?」

川西かわにし万莉乃まりのさん」

「余計よそよそしくなってるよ!?」


 ぷふっ、と互いに吹き出して、小さく笑う。

 それがひとしきり終わったところで、せんぱ──いや、万莉乃さんは口を開いた。


「……もうあれから、1年たったのかぁ」

「……ですね」


 どちらからともなく、俺たちは床に腰をおろす。


「海賀くん、もう新しい彼女はできたの?」

「いいえ」

「それは、私に未練があるから?」

「いいえ」

「私とヨリを戻すつもりはないよね?」

「はい」

「なんでそこ肯定しちゃうのぉ」


 残念そうな声とは裏腹に、ニコニコと笑みを浮かべている。

 昔からそういう人だ。


「私もね、未練は殆どないかな」

「! ほんとですか?」

「海賀くんへの思いは、99パーセントの未練と、1パーセントの諦めで出来ている」

「……未練たらたらじゃないですか」


 「天才とは99パーセントの努力と1パーセントの閃きで出来ている」みたいに言われましても。

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、やはりニマニマした表情の万莉乃さん。


「あーあ、海賀くんのドッペルゲンガーいないかなぁ」

「諦め悪すぎません? 俺が駄目ならドッペルゲンガーでいいやって……」

「ドッペルゲンガーを数人集めて、海賀くんだけで逆ハーレム作るのが私の目標」

「あなたの目標は大学に行くことでしょ……」


 何を言ってるんだこの受験生は。勉強しろ勉強。


「なんかね、受験勉強に疲れた時はここに来るんだ」

「……それ、ダメ押しでテンション下がりません?」


 何と言っても、ここで俺たちは「別れ話」をしたのだ。疲れた時に来る所じゃないはずだが……。


「じゃあ海賀くんはどうなの?」

「どう、とは?」

「海賀くんも今、落ち込んでるんでしょ? それとも落ち込むごとに興奮を覚える特殊体質?」

「そんな性癖ありませんよ。でもまぁ……そっか」


 言葉で説明するのは難しいが、万莉乃さんがここに来たくなる理由が少し分かった気がした。ここ自体が楽しい場所でなくても、初めての恋人と過ごした場所を懐かしく感じて、つい訪れてしまうのかもしれない。


「というか、なんで落ち込んでるって分かったんですか」

「……元カノだから?」

「全世界の元カノさんは今すぐメンタリストになれると思いました」

「間違いないね」


 話を区切るように、万莉乃さんは「ふぅ」と息をついた。


「で、何に落ち込んでるのか、お姉さんに話してみなさい?」

「……絶対に嫌です」

「なるほど、『女の子絡みの悩み』と」

「いや、メンタリストか」

「やっぱり」


 なぜ分かった……と思ったが、元カノに話し辛い内容って言ったら、ある程度は予測が付くのかもしれない。年上の元カノはあざむけないみたいだ。


「ほらほら、白状せいっ」


 たぷたぷ、と顎を叩いてくる。……ええい、鬱陶しい。


「……幼馴染みの女子と、上手くいってないんですよ」


 どうにでもなれ、と思って、俺は全てをぶちまけた。

 特に、日曜日の出来事を中心にして。


「あっちゃー、そりゃただの浮気男だね」

「あの、笑顔で俺の傷えぐってくるのやめてもらえます? 結構きついので」

「あはは、ごめんね」


 ふと、万莉乃さんが顔に影を落とす。


「目黒さん? だっけ。その子を引き留めたのって……私のせいでしょ」

「さぁ? どうですかね」

「別に気を使わなくていいよ。考えてることは大体わかるし」

「……まぁ、否定はしません」


 目黒が部屋を出ようと扉に手をかけた光景が、そっくりだったのだ。

 俺に振られた万莉乃さんが、屋上の扉に手をかけ、校舎内に入っていく様子に。


「皮肉だよね。

「……俺、どうしたら良かったんですかね。目黒をこっぴどく振るべきだったのか、それとも……」

「知らない。海賀くんがモテるから悪い」

「……」

「神様に許して欲しいなら、私と付き合いなさい」

「……いや、それだと暮葉に許してもらえないです」

「確かに。ちょっと詰めが甘かった……」


 なんか万莉乃さん、巧みな話術でヨリを戻そうとしてません?

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