第6話   閉ざされた視界と勘

 今日から授業開始かぁ…。

いつも通りの朝ではあるものの、学校が始まるので少し憂鬱な気分だった。

春休みに遊びに行ったりとかは無かったけど、学校が無くて自分のしたいことをしてられるという環境はなんとも形容し難い良い毎日だったんだけどなぁ。


 生活リズムが乱れていたのは言うまでもなく、凝り固まった筋肉を伸ばすためにググっと両手を上に伸ばした。

横で白も真似して伸びをしているが、一生懸命伸ばしているからか、体がプルプルと小刻みに震えていて可愛かった。

「さぁ、今日もいくかな」

 いつもの習慣を今日も行ってから、昨日用意した鞄をそのまま持って学校に向かった。


 教室に入ると、一人の男を中心にグループでの会話が始まっていた。

「やっぱり昨日の番組あのアイドルがかわいくてさー」

「いやお前、昨日の番組、お笑い番組でアイドルはゲストじゃん」

「アハハ、なにそれー。番組見てないじゃん」


そんな会話が聞こえてきたが、自分から入りたいとも思わないし、あんまり関わりたくもない。

大人数での会話って入るタイミングとか、話すときに自分に視線が集中するから話したくないんだよな。

だからこそ、今は存在感を出来る限り消さなきゃならない。なぜなら、あのグループの中心に居るのは健だから!!

あいつ、いつの間にクラスの奴らと仲良くなったんだよ…。見つかれば話しかけ得られるのは不可避、なら存在感を消して見つからないようにしなければ。


 そんなことを考えながら鞄から本を取り出して、教室の隅で窓枠に体重を乗せて読んでいると、廊下側でちらちらと視界に何度も入ったり、消えたりしているものがあった。

誰ださっきから、ちらちら視界にに入るのは?

読書をしていても視界に入るものを一度捉えて気になってしまうと本に集中できない。

仕方なく顔を上げて確認すると、藍染さんだった

藍染さんは自分より強い生物の様子をうかがう小動物の様に体を縮めて扉に体を隠し、顔だけを教室の中に向けていた。

正直なところ、逆に目立っているようにも思うけど、まぁいいかと思っていると藍染さんと目が合った。

藍染さんは一礼してからこっち、こっちと手をひらひらさせて僕を呼んだ。


 あぁーどうしよう…。キーホルダーはまだ手に入ってないんだよなぁ。

目が合ってしまった手前、逃げる選択肢をコマンドから盗られた僕は本をパタンと閉じ、重い腰を上げて藍染さんのもとに向かった。



 藍染さんはまた僕を屋上に連れ出した。

「あの、あのね。昨日の今日だからあれなんだけど、見つかりそうかどうかだけ気になっちゃってね」

 僕としてもその気持ちはよくよくわかる。それだけ大事なものなんだろうから、早く見つかりそうかどうか知りたいよね。

伝え方をどうしようかとは思うけど、キーホルダーは見つかってるから安心はしてもらいたいし…。


「すぐに見つかるとは思うんですが、まだ手に入ってはいないのでお渡しはできません。でも安心してください、必ずお渡ししますから」

 意気込みだけだと思われないように、確信を持っているようにはっきりと言い切った。

ん?どうやら、白も賛同してくれてるのかな?

白は藍染さんと僕の間に立って、頭をコクコクと上下に動かしていた。

最近、何事にも無関心だった白が気持ちを行動で示すようになってきた気がする。

これは幽霊として正しいことなのかは知らないけど、僕としてはこっちの白の方が親しみやすいからこれからもそれでお願いね、白。


「?....大丈夫、内田君?」

 おっと、声には出てなかったけど白を見てたから、ずっと下を向いてる形になってしまった。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけですから」

 かぶりを振って答えると、藍染さんは何かを心配しているような表情を浮かべた。

「えっと、私が言うのもなんだけど、もしかしてキーホルダーの件で…?」

 藍染さんはおそるおそるという感じで、僕のことをほんとに心配してくれていることが分かった。


「その件は、ほんっとに大丈夫ですから。ご心配なさらず。いま悩んでたのは、あのにぎやかなクラスにどうやって静かに戻ろうかと…」

 藍染さんは自分も隠れながら僕を探していたので、僕の気持ちを理解したらしく、「健君とはいつも一緒にいるもんね」っとだけ言った。


確かに健とは結構一緒にいるけどどちらかと言うとだるがらみされているような気がするんだどなぁ。いつもこんな風に見られていたとは。

健との関係が周りに誤解されていることが判明した後は、藍染さんに何か言うことも無かったので屋上を後にして教室に戻った。

教室に入ろうとしたタイミングでちょうど斎藤先生も教室に入ったので、朝の平穏はどうにか守ることが出来た。



「今日の一限目は係を決めたいと思います。本当は昨日決めなきゃダメだったんだけど忘れてました、ごめんなさい」

 斎藤先生は申し訳なさそうに頭を下げて謝罪した。

言う必要のないことを言ってしっかり謝ってくれるとはなんといい先生ではないか!


 そんな僕の感動も束の間、斎藤先生はスッと頭を上げると、ニコっと笑みを浮かべてクラスを見回し、「というわけで、今日の放課後は係ごとに集まって話し合いがあるのでよろしく」っとサムズアップを生徒に向けた。


 な!?騙された!! 

さっき感心したのは撤回させてほしい。この人、最初から放課後のことを言うために行動してたよ、ぜったい!!

まぁ、どっちにしろ、昨日聞いても今日聞いても何も変わらないので、クラスの全員の「えー」っという嘆きは何事も無かったように流された。



 「さぁ、学級委員長は誰がする?」

斎藤先生の質問で、クラスの視線がほとんど一人の生徒に集まっていた。

まだ出来たてで知り合いも少ないこのクラスで、ほとんどのクラスメイトとどうやってか仲良くなっていた生徒である健が候補に挙がるのは自然なことだった。

「うん?みんなどうしたの?」

 本人はあまり状況が分かっていないようだけど、大丈夫、健なら何とかできるよ。


 僕は我関せずで、窓の外を眺めていると、どこに行っていたのか、窓からスッと入ってきた白が教卓の上に立ち始めた。

フフッ、白も暇をもてましてるね。


 結局、健は学級委員長を断り、女子は黒色のストレートのショートヘア―で、百六十センチぐらいの身長、スカートからすらっと伸びたタイツをまとったきれいな足、前髪を止めているピンクのヘアピンが印象的な有馬夢さんが推薦する周りの圧に負けてなっていた。

ふむ、健に決まってくれれば安心して適当なものを選べたというのに…。どの係が安全にとれるのか悩ましくなってきた。


 学級委員長となった有馬さんは、少し戸惑った様子で教壇に立った。

「そ、それでは、他の係も決めていきたいと思います!黒板に係を書いていくので自分がなりたいものを決めておいてください」

「なぁ、なぁ、有馬さんってなんかお嬢様って感じで可愛いよな!」

「それ俺も思ったわ。俺、有馬さんと仲良くなりたいし学級委員長してみようかな」

そんな会話がちらほらと男子生徒たちから聞こえて来た。


 これは好きな係になるチャンスでは!?確かに、有馬さんは可愛いと思うけど、別に同じ係になりたいとは思わないし、これは勝ち確定かもしれない。

ふっふっふ、っと不敵な笑い声を漏らしそうになるがぐっと抑えて黒板に書かれた係を確認しようと前を見ると、急に目の前が真っ白になった。


 ちょ、ちょっと、白さん?あの、前が見えないのですが…!!

さっきまで教卓に座っていた白がいつの間にか僕の机の上に立っていた。

お願いだからちょっとどけて、白!!

白は僕が慌てているのを小首をかしげて眺めいたが、何かに気づいたのかを手をポンっとたたいた。


あ、わかってくれたのか。よし、これで…。

そんな、僕の考えとは異なり、白は僕の頭に小さい手を置いて撫でてきた。

いや、ちがうんだよ白。別に撫でてほしかったわけではなくてね、そこをどいてほしいだけなんだけど…。

うーん、そんなに嬉しそうに撫でられると、やめさせるのもなんだか悪いような…。


「では次の係です。この係はどうですか?できれば、誰かになってもらいたいのですが」

さっきまで、威勢がよかった男子たちの動きが止まった。

うーん、誰もなりたくない係ならあまりなりたくないけど、健が学級委員長を断ったのは絶対体育委員になるためだから、健が挙げてないなら、なりたくないランキング上位ではないはず!!

白に視界を遮られた今、僕に残されたのはなりたくない委員にはならないということだけだ。

僕は自分の勘を信じて手を上げた。


キーンコーンカーンコーン

ありきたりな音で一限の終了が伝えられた。

僕はだらんと体中の力を抜いて、自分の机に突っ伏していた。

そんな、僕のもとに奴がにやにやと近づいて来た。


「やあやあ、まさかあのケイが自分から学級委員長をやりたがるとはなー」

「あれは事故だ。自分から望んだことじゃない」

体に力が入らないので、顔だけ健の方に向けて真実を伝えたが。

「はずかしがんなって。お前にとって有馬さんが学級委員長になったのが事故だったんだろ、分かってるって」


くそ!! こんなはずじゃなかった。学級委員長に立候補する男子生徒は多いと思ってたんだ。それなのに、あいつら誰も手をあげないじゃないか!?

「はぁー」

僕の深いため息に、すべてを理解はできないにしろ、何かを感じ取ったのか。

「まぁ、せっかくなったんだし、楽しめよ。困ったことがあったら、俺はいつでも手伝ってやるからさ」

シッシッシっと笑う健を横目で見ながら、「こき使ってやるから待ってろよ」っとだけ言った。






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