第5話 誰もいない家
現在、僕は八方塞がりという言葉が存在する意味をひしひしと感じていた。
藍染さんからのキーホルダーの依頼を受けたのでいつも通り白に頼んで探してもらうまでは良かった。
結果としてキーホルダーはすぐに見つかったけど、あった場所があった場所なのだ。
僕もまさかとは思ったけど、この場所にあるのはどう伝えればいいのかな…?
僕は目の前の、藍染という表札を見て立ち尽くしていた。
そんなに年月が経っているようには見えないきれいな外装、遠くからでも分かりやすい赤い屋根の二階建て、手入れが大変そうな門から玄関まで続いている草花や常緑低樹。
藍染さんのキーホルダーは玄関を出てすぐの植物に隠れていたのだ!
仮にもし僕が藍染さんに「あったよ」と言ってキーホルダーを渡したとする。そうなると、藍染さんはどこにあったのかを聞いてくるのは間違いないわけで、嘘を言ってごまかすのも一つの手だとは思う。
お店の隅にあったとか、商店街に行くまでの途中の道に落ちてたとか言ってしまえばいいんだけど…。
なにせ落ちている場所が場所なだけに取りに行くのも人目が憚られる。
それなら、藍染さんに家に上げてもらうときにこっそり取ればとも思うけど、家に呼ばれる理由も無く、仮に読んでもらったとしても玄関先で座り込んでいるのはどう考えても不自然極まりない。
ハァーー、深いため息をついて回れ右をして、とぼとぼと歩き出した。
人の家の前に入らずにずっといる不審者は警察に電話を掛けられる恐れがあるため、今日のところはひとまず家に帰って作戦会議をすることにした。
まあ、会議といって僕と何も話さない白との二人なんだけど。
ただいまーっと言って家に入るのが泥棒対策になると前にどこからか聞いたことがあるけど、実際はどうなのだろうと思いながら今日も鍵を開けてただいまーっと言ってみる。
当然、共働きでいつも忙しそうにしている僕の両親がいるわけも無く、無駄に広いこの家にほんの少しだけ反響して広がっているような気がするだけだった。
両親は僕が小さい頃から仕事人間で、いつも早くに家を出て何時に帰ってくるのかも分からない状態だった。
小さい頃は近くに母さんの妹さんの家族が住んでいたのでそこで食事をさせてもらっていたけど、僕が小学校の中学年になったときに、旦那さんの仕事で引っ越しをすることに決めたとのことで、僕に自炊の仕方を教えてくれた。
今にして思えば、迷惑な話でしかないと思う。二人の子供の食事と合わせて僕の分の食事も作り、最後は家まで送ってくれていたんだから。
引っ越しで見送りに行ったときに「がんばってね」っと抱きしめられた感覚が今でも残っているのは、僕がまだ甘えたいと思っている子供だからかな?
昔のことを思い出しながら料理を作っているうちにすぐに出来上がった。短い期間でおばさんに教えてもらったかきたま汁と、スーパーでこの前安く売っていた鮭の塩焼き。
かきたま汁は卵を入れる前にしっかりと煮詰めてから火を止めて、ゆっくりと菜箸に流しながら回して入れるのがコツだと聞いていたので、今でもそうしているがやっぱり見た目がきれいだとおいしそうに見えるのが人間だなと納得できる。
急いで食べる準備をして食卓に並べていると、やっぱりおいしそうな匂いにはかなわないので、おなかがキュルル
空腹時には、食べる順番など気にすることもないわけで、塩焼きを箸で食べやすい大きさに切り、ご飯と一緒に頬張った。ご飯と合わせるので少し塩加減を濃くしていたのがよかった。
しょっぱさの残る口に、通常よりも薄味に作ったかきたま汁のお汁を飲むと口の中のしょっぱさが流され、また塩焼きとご飯を頬張る、このループは永遠と続けられそうな気さえしてきた。
こうなふうに食事を味わって食べるようになったのも、白が来てからのことだった。おばさんが引っ越してからは、簡単なものを作って食べるだけだったので手早く済ませていた。
でも白が来てからというもの、白は何故か僕の周りにいつもいるから、最初の頃は見られてる気がして料理をちゃんと作り初めたけど、食べるときにも白は開いてる椅子に座っているので一人で食べている感じがしなかった。
そのおかげもあってか、おいしいものを食べたいという願望が内側からどんどんあふれ出してきて、今では料理をするのが楽しいぐらいだった。
食べ終わって洗い物をしていると、ふと、白の姿を見ていないことに気づいて、「白ー?」っと呼んでもどこからも現れる気配がないので二階の自室に行ってみると、僕のベットでスヤスヤと子供らしい寝顔で小さく丸まって寝ていた。
白が寝ている姿は初めて見たかもしれない。もともと、幽霊は寝るのか?という疑問も浮かんでくるけど、目の前の光景が答えだろうと思う。
上から毛布を掛けてあげたいところだけど、幽霊だからすり抜けるのがおちだと思うから止めておこう。
そのまま僕は自室を後にして洗い物を終わらせに向かった。
家事全般を済ませた頃には夜十一時を回っていた。
自部屋の真ん中に置かれた丸テーブルに向かって座ると、ふわふわと浮かんでいた白が僕の横に座って足を延ばした。
「白も考えてくれるの?」
白は首だけを僕の方に向けてコクンっとうなづいた。
白が初めて協力してくれた事件の後から、白に頼ることが多くなったこともあって家の中でも自然に白に話しかけるようになっていた。
最初は白もあまり反応が無かったけど、話しかけるうちに反応してくれるようになり今では話しかければ何か反応が返ってくるようになった。
このまましゃべれるようになればうれしいけど…多分そこまではいかないよね。
今までしゃべる幽霊を見たことも無いから多分無理だとは思うけど、白が他の幽霊とは何か違うのも分かるから今後に期待して待つとして。
問題は藍染さんのキーホルダー探しだよね。
キーホルダーを見つけるのは難なくできたのに、本人に伝えるのがこんなに難しいのは今まで無かったから油断してた。
堂々と伝えても不審がられるのが落ちなんだよね…。だって僕でも怖いよ、あまり話したことが無い同級生が家の場所を知っていて玄関のところに落ちてたよ。って笑顔でキーホルダーを渡して来たら、速攻で引っ越しを考えるレベルだよ!
ハァー、ため息をついてベットに横になるとだんだん視界が暗くなっていった。
意識が途切れる直前、抱くのに良さそうな大きさのものが目の腕の中に入ってきた気がして抱いてみると、心地よくてそのまま眠りについた。
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