第3話   バカップル到来

 白は学校にもついてきて、暇そうに俺の上をぐるぐる飛んで回ったり、教卓の上に座ってみたりといろいろしているのがいつものことだった。


 ある日、健が珍しく頼みごとをしてきた。

「俺の友達がさ、彼女のポーチが見つからないから探すのを手伝ってくれって言ってきてて。探すの手伝ってるんだけど、どこにもないからケイも手伝ってくんね?」

 断ってもいいけどうまい理由も無いし、まぁ、すぐに見つかるだろうと、

「まぁ、別にいいけど」

 っと二つ返事で了承した。

「サンキュー、マジでありがとな!どこにもないから学校中探しまわってんだよ」

 えっ!?、健の思わぬ発言は僕の思考を停止させるのは容易だった。

これはもしかして、全然見つかんないやつでは?

まさか、まさか,こんなに早く後悔することになるとは…。

やっぱり、頼みを聞くには話をちゃんと聞いてからの方がいいよね。

自分の心の内に新たな教訓を刻んでいる内に健の説明は続いていた。


「ケイ?聞いてるか?」

「うん? あぁ。聞いてる、聞いてる」

 健が顔を覗き込むようにしながら聞いて来たので、真面目な顔を作って返事をしてみた。

 健は怪しんでいたが、急いでいるようなのでそのまま続けた。

「それなら、えっとー、ケイは東棟を頼む。それじゃ、後でなー」

 健は自分が書いたというポーチの絵を渡して急いで走り去って行った。


 本当、嵐みたいなやつだよな。

健の元気の良さに呆れもするが、あの元気の良さが人を引き付けていくのだとも思う。

協力すると言ってしまったので、言われた通り東棟に向かった。

この伏見中学はやけに校舎が大きく、本校舎に隣接するように西棟・東棟があり、北棟もつながっているのだが、南棟だけは本校舎から少し離れていてそこまで遠くはないとはいえ、用が無いのにいきたいとは思わない場所だった。

健が走って行ったのは南棟の方だったかな?

あいつも大変な役回りを引き受けるやつだなー、っと思いつつ捜索を開始した。

 


 ロッカーと壁の隙間、各教室、渡り廊下の隅々まで探したが見つからなかったので健に報告しようと思い、ケータイを取り出すとすでにメールが来ていた。

『見つかったら連絡よろしく!!見つからなかったらそのまま帰ってくれてかまわないから。お礼はいつか絶対するよ』

 帰っていいとは書いてあるけどあいつのことだから、一人で探し続けるような気がするなぁ。一度協力するって言っちゃったし、もうちょっと探そうかなぁ。

腕を組んで悩んでいる僕の周りを白がトコトコ走り回っていた。

暇を持て余しているのだろうけど、小さい体で走り回っているのはなんとも小動物のようで可愛らしい。


「白はポーチの場所知らないよな?」

 いろいろ通り抜けられる白なら何か知らないかと思って聞いてみると、白は僕の方を向いて首を傾けた。

珍しく反応があったので、ポーチの絵を見せると、ジ――っと絵を見た後に、僕の真似をしているのか腕を組んで考え込んでしまった。

白が動かなくなったので自分で探すかと思い西棟に向かおうとすると、白が急にふわりと、まるで白い綿毛が風に乗る様に浮かんでどこかに向かって飛び出した。

 さっきまでの綿毛のような軽い物体の動きとは異なり、飛んでいく速さは獲物を見つけた鳥の様だ。


 急な出来事で少し驚いたけど、白を見失わないように急いでついていくと一人の女子生徒の前で止まり、そのまま女子生徒を指さした。

女子生徒は急に走ってきた僕にひどく驚いていたが、それと同じくらい女子生徒と話していた健も驚いていた。

「ケイ、どうしたんだ??急に走ってきて。びっくりするだろ」

「いやー、ハァ…ハァ……ちょっと…急い…でてさ」


 白さんやちょっと速すぎやしませんかね?

おいていかれないようにするだけで必死で息も上がってしまった。

ふー、大きく深呼吸をしてから状況確認をすることにした。

「それより、探し物は見つかったの?」

「いやーそれがさ、まだ見つかってなくて彼女にもう一回話を聞いてたんだよ」

「あっ、てことは君が…」

「そう、俺の彼女の真紀だ!!」


 後ろから急に現れた男は、僕たちの学年では彼女自慢で有名なサッカー部副キャプテンの英二だった。

「英二、私のポーチ見つかった?」

「ごめんな、まだ見つかんなくてさ。でも、絶対見つけてやるから」

 目の前のカップルは、見つめあって近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 本当は今すぐにでもここから退散したいほど、あまあまな関係を見せつけられ目を背けたくなっていたが、少しだけ気になることがあったので体を必死に押さえつけてこの場に留まった。

それは、白が彼女のことを指さして僕に何かを訴えていることと、一緒に捜索しているはずの英二の服装が一切に崩れていないことだった。

走り回って探している健は体にシャツが張り付くほど汗をかいているのに、英二は汗を一切かいていない。


 この二人、何か隠しているような気がするんだけど…。

「ねえ、真紀さん。ポーチには何を入れてるの?」

 僕の質問に少し不快感を覚えたのか。

「ポーチに何が入ってたのかあんたに言う必要がどこにあるの?」

 僕を睨みつけながら刺々しい口調で言われた。


「一応、探す側としてできる限り情報が欲しくてね」

 知りたい情報があるなら、自分からは好意的に接していくことで相手との良好な関係を築くのが重要だとは思うけどこれがなかなか難しい。なんせ、目の前の女子生徒はなぜだか敵意むき出しなのだ!


「あんたさ、普通そういうことを女子に聞く?」

 普通がどうかは知らないが聞かれたくないこともあるのだろうとは思う。

でも、捜索を頼む側としてもう少し責任を感じてもらいたいんだけどなぁ…。

「それじゃあ、教えれる範囲でいいからさ」

「はぁ?さっきから、なんなの?まさかあんた、あたしに興味あるとか?それなら、ごめんねー。あたしは英二一筋だから」

 英二に抱き着く真紀と抱き着かれて鼻の下を伸ばしている英二の図は、見ていられないほどひどく視線を逸らしてしまった。


 健に協力するって約束さえしなければこのめんどくさい奴らにも関わらなくて済んだのに!!っと、過去の自分の行動を悔やんでいると、

「まーあー、いえる範囲なら日焼け止めとか保湿クリーム、手鏡、携帯とかだけど」

「それなら、携帯の電源は切ってるんだね?」

「えっ??」

 真紀は一瞬困惑した様に見えた。

「そ、そうなのよ。授業中とかならないようにいつも電源切っててさ~」

「それなら、携帯鳴らしても意味ないかー」

 健は誰が見ても分かるほど落ち込んだ様子で肩を落とした。


 ブーブー、ピローロー

突然の聞きなれない音の方に反応すると英二の携帯だった。どうやらメールの着信音のようだ。

人の携帯の着信音にはあまり聞きなじみがないものが多かったりするから、突然鳴り出すとどうしても反応してしまう。

健も音の方に反応していたが真紀さんは彼女だからだろう、あんまり反応せずに鞄をあさっていた。

さてさて、どうしたものか。

このバカップルが怪しいことに変わりはないものの、何をどうしたらいいものやら…。



僕が悩んでいる横で話は健によってどんどん進められている。

「もしもこのまま見つからなかったら、先生たちにも事情を説明して協力してもらおう」

「えっ??教師にも言うの?」

「そりゃ、そうさ。これだけ探してもないんだから、誰かに隠されたとか盗られたとかを考えた方がいいと思うし」

 健は真剣に言ってるから本気なんだろうけど。

ポーチを失くしてないだろうお二人さんはどう動くのかな?


 実際、健は一度言い始めたことは必ず成功させようとする性格で、合唱コンクールでの優勝、文化祭での売り上げ一位等々、挙げようとすればいくらでも前例がでてくるような男だ。


「そ、それならさ。俺さっき少し怪しそうなところ見つけたから健と内田ついてきてくんね?」

「怪しいとこ見つけてたんなら早く言えよなー。それじゃあ、急いで見にいこーぜ」

 健に肘で小突かれながら彼女へのアイコンタクトを取っているのが見えたから何がしたいのかすぐに分かった。


 つまりは彼女が隠ぺいする時間を作るわけだ。もう一回よく探したら女子更衣室に忘れてた、とでも言えば、僕たちが探してないのは明白だから適当な言い訳で逃げ切れるしね。

正直に気持ちを述べるなら、このままうやむやにするのはなんか釈然としない。今回だけで済むならいいけど、これからも同じようなことが起これば巻き込まれる可能性も高いし、知ってしまったのに見て見ぬふりをするのも罪悪感が生まれてきそうだし。


 バカップルに一泡吹かせてやりたいとは思うけど、今は考える時間すらないからなぁ。

こうして三人でどこかに向かっている時点でバカップルの思うつぼだし…。

確証は無い。でも、今思いつくのはこれしかないし腹を括ろう。

「ねぇ、二人とも。思いついたことがあるからちょっとだけ僕に時間をくれないかな?」

 僕の発言が自分の思惑から外れているのが癪に障ったのだろう。

英二は明らかにイラついている様に見える。


「はぁ?お前何言ってんの?今から、見つかりそうな場所に行こうとしてんだろ。急がなきゃ、下校時間になるだろうが」

確かに結構な時間が経っているからもうすぐ下校を促すチャイムが鳴るだろうけど、僕だって今しかチャンスが無いんだから仕方ないじゃないか。


自分勝手なこの男に文句を言ってやりたかったが、今は一分一秒が惜しいので心の中にぐっと押し込んで、説得を試みることにする。

「どうしても今、確かめたいことがあってさ。だから、さ。ちょっとだけ時間をくれないかな~、なんて」

 英二は歯を食いしばりながら睨みつけてきて、いつ殴りかかってくるか分からない状態だった。


「まぁまぁ、落ち着けって。ケイは考えなしに何か言うやつじゃないのは俺がよく知ってるから。そうだろ、ケイ?」

「……。えっ??あ、えーっと、うん」

 健が助けてくれると思っていなかったので固まってしまい、助け船に乗らずに見送って乗り損ねてしまうところだった。あぶない、あぶない。

健の言葉は否定しにくい物だったから、英二はいやいや認めてくれた。

了承を得られたら後は行動を急ぐしかないので、二人についてきてくれるように言いながら真紀のもとに急いだ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る