269;きつねきつねきつね.03(綾城ミシェル/久留米理央)

順路ルートを外れた!?」

『ああ。あの子が一直線にギルドを目指しているなら、【グラボラス森林】から東に折れる筈が無い』


 まるで七月ジュライみたいな抑揚の無い声音で、スクリーンチャットの向こう側の立花が語る。


 アイナリィの姿が目撃されたのは【アルマキナ帝国】の北西に広がる【グラボラス森林】の北端だ。

 それまで捜索包囲網に掛かっていなかったにも関わらず、突如としてそこに現れたらしい。

 森の北には【ニアフ鉱山】があり、恐らくは魔術にて姿を隠していたのだろうが、地形の主な属性が土から木に変わったことで隠匿の効果が弱まったのだろうと予測された。

 偶々修行の一環で訪れた場所、それも気付かれないほどの遠くで、立花が見ていた。彼女が訪れていた場所が違っていれば勿論、お互いの距離も、そして発見したのが立花だということも。全て、奇跡的な確率だ。他の者なら気軽に声を掛けてしまい、警戒されて逃げられていたかも知れない。


「何故?」

『それは推し量れすらしない問題だ、そもそも彼女がギルドを目指していたのかすら定かじゃ無いんだ。目的地が変わったのか、それとも根本の推量から外していたのか──どちらにせよ、追うしか無いがね』


 姿形が何処となくロアに似ている、しかし身長もそこまで高くなく、髪は逆に腰に届くまで長い正反対の立花は、しかしロア同様に顔の下半分を隠している。

 クランこそ立ち上げているもののパーティには属さず単身ソロ最強トップレベルにまで上り詰めたロアに、憧憬か羨望か嫉妬かは知れないが兎に角追い付こうと、ロアとは逆に仲間クランの力で追い縋ろうとした走る──それが【★みんなDE楽しく★】のナンバー2にしてクラン内最高レベルを有する“立花師匠”だ。

 ヴァスリの世界では私達【正義の鉄鎚マレウス】とロアの【七刀ナナツガタナ】、そして彼ら【★みんなDE楽しく★】が三大クランと言われており、統制は【正義の鉄鎚マレウス】に、強さは【七刀ナナツガタナ】に、そして組織力メンバー数は【★みんなDE楽しく★】に軍配が上がる。

 だが【七刀ナナツガタナ】があのレイド直前にしでかした自発的な内部分裂により、彼等クランはほぼ解体したも同然となった──にも関わらず、未だに一部のプレイヤー間で【七刀ナナツガタナ】は最強のクランだと言われ続けている。

 他の追随を許さない、立ち上げ当初から居続ける初期メンバー七人。うち一人ジュライは抜けたが、ロアを含むその六人に肉薄できていたのはあの牛飼七華ナナカだけだった。その六人の存在が彼らを未だその座に君臨させ続けている。

 私だって知っているさ──【正義の鉄鎚マレウス】は【七刀ナナツガタナ】が瓦解して尚、まだその高みに至れていない。トップメンバーの自力の差を、否応でも思い知らされる。

 蝕霊獣レタイマイナ討伐戦レイドには、その六人で言うと二人しか参加していないのに、だ。

 自分なりのやり方でロアに立ち並ぼうとする立花もまた、やはりそれが許せず──どちらかと言えば自分自身を、だが──だからこうして、千葉県民クランマスターの指示とは言えこんな風にアイナリィ捜索に乗り出してくれるのが私は不思議でならない。

 自身の愉悦のために大量の他者を要し擁する千葉とは違い、立花は自身の成長のために大量の他者を要し擁した。ただ彼等は何も独り善がりじゃない。

 千葉なら自身が楽しむためには集めた他のプレイヤーに同質の楽しみを齎した。

 立花だってそうだ。自身の成長に彼等を利用するのと引き換えに、ちゃんとその彼等にも同等と言っていい成長を確約している。

 クラン【★みんなDE楽しく★】のモットーは“WIN-WIN”だ。それを有言実行するからこその大所帯。“楽しさ”と“成長”というゲームにのめり込むための二大要素を、“繋がり”で展開している。


 指令ありきの私達【正義の鉄鎚マレウス】には、到底出来ない芸当だ。


『引き続きアイナリィを追うが……お前の所の密偵はいつになったら現れるんだ?』

「もう現着している筈だ。あいつのことは気にするな、いてもいないを装う筈だから」

『……協調性に欠ける。うちのクランじゃ御法度だ』

のあいつだ。──協調性に欠けていても、普段愚痴ばかりで全くだらし無いとしても、薄ら笑いが鼻につくとしても、言動の一切が勘に障ると」

『そこまで言って無い』

「……兎に角、ヴァーサスリアル随一の隠密は、私にはあいつ以外に、ルメリオ以外にあり得ないんだ」




   ◆




「へっきしょんっ! ……悪口かな?」


 鼻を啜り、一瞬外れた視界の先をもう一度追う。盛大に音を出したけれど気付かれた様子は無い。そりゃあ当然だ、何たって追跡者は僕なんだから。正直、このゲームに隠密ランキングなんてものがあったなら殿堂入りする自信がある。何たって、僕なんだから。


 僕の使い魔ファミリアである蛸の“クー”が行使する《透明化》は当然自分自身にしか適用されない。それを拡張して使い魔ファミリアの主にも効果を及ぼすのが呪印魔術シンボルマギアの《伝播す魔インフェクション》だ。

 別に行使する対象は使い魔ファミリアに留まらない。この魔術の効果って言うのは、呪印を張り付けた対象に及ぶ付与効果を術者にも適用させる、ってだけのこと。そしてこの魔術の効果対象が、使い魔ファミリアの特殊能力にも及ぶってのは意外と知られていないらしい。まぁこのゲーム、魔術とかの説明がいまいち物足りないってそこそこ評判だからね。

 姿を隠匿するだけなら構築魔術の《姿隠しの~~・カモフラージュ》でも可能だ。寧ろそっちの方が隠匿の効果は強い。何せクーの《透明化》はあくまで視覚的な隠匿に限られるから。枯れ枝を踏めば音は鳴るし、匂いだって当然ある。

 しかし幻覚魔術ハルシノマギアとの合わせ技となると話は全く別物になる。ラブコメディかと思って見ていた映画が突然、マフィアとの激しい抗争を描くアクション映画だった、みたいな。


 呪術士ソーサラー系の二次セグンダアルマ《幻術士イリュージョニスト》のみが修得する特殊な魔術系統である《幻覚魔術ハルシノマギア》──呪印魔術シンボルマギア同様に〈呪符〉を用意する面倒さはあるけれど、実にえっぐい効果の魔術がそれはもう揃っている。

 今回のような隠密活動にそれはもう重宝するのが《孤独の夢ハーミタンス》というDランクの魔術。別に透明にもならなければ消音効果も、消臭効果も何も無いけれど、“平時はしないような特別な行動を取らない限り誰かに意識・記憶されない”という破格のものだ。

 無論、もともと僕を警戒したり狙っていたりとしていた場合は効果は発揮されないけれど、そうじゃなければ追いかけている僕に気付いたって別に気に留められない。

 これを、《伝播す魔インフェクション》で《透明化》を帯びながら併用するとマジで悪魔みたいなことが出来るようになる。ジュライとセヴンの逢瀬の時もこれが役立っていた。いやあの場面は正直もう少し出歯亀っていたかったけれど、仕事なんだからしょうがない。


 本当、どうしてこんなヤバいアルマが人気無いのか理解に困る。そりゃあ、呪術士ソーサラー系統の二次セグンダって言ったら、呪印魔術シンボルマギアに加え構築魔術ソートマギアも修得できるようになる《妖術士ウィザード》をほぼ全員が選択する。呪印魔術シンボルマギアに欠けている“状況への対応力”それを構築魔術ソートマギアだけが補えるからだ。


 呪印魔術シンボルマギアが〈呪符〉という専用のアイテムを消費するのに対し。

 詠唱魔術チャントマギアは発声による詠唱を完了させなければ発動しないし。

 星霊魔術スピリットマギアなんて、行使から発動までに遅延時間タイムラグが設定されている。


 何か起きたらすぐに、ってのは、そりゃあもう構築魔術ソートマギアの真骨頂だ。

 一応、構築魔術ソートマギアも他の三種みたく“術式の構築”っていう面倒な作業があるけれど、これに関しては好みの構築式をストックすることも出来るし。ぶっちゃけ単音節のぶっぱでも大方何とかなるって言われているし。


 でも僕にとっては魔術と言えば呪印魔術シンボルマギアそして幻覚魔術ハルシノマギアだ。

 確かに〈呪符〉を予め用意しておくのは面倒だ。ストックが切れてもその場で書き記せばいい一応の救済措置だってある。

 でも、状況を正しく推察・予測して未来に臨めば、自ずと必要な〈呪符〉は用意できる。備えあれば憂いなし、ってよく言うじゃん?


 大昔、それこそ古代ローマとかの人達はよく『今を生きる』だなんて言っていたけれど、やっぱそれは違うと思う。

 未来に生きてこそ、だ。未来を見据え、どうすればどうなるかを逆算して現在いまを確定させる。少なくとも、僕はそうやって今に至って来た。


 さぁ、段々とあの刺青タトゥーだらけの背中が近付いて来た。とんだ家出少女だ、そしてそれを捕まえて保護するのは──現実に引き続き、僕の仕事だ。

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