270;きつねきつねきつね.04(綾城ミシェル/シーン・クロード)

 極彩色の光が晴れ、私はすぐ近くに潜み双眼鏡で前方を伺う立花の隣に着く。


「アイナリィは?」


 声を発さず、立花は下反面マスクで覆われた顎をくい、と動かして指し示す。

 目を凝らして見詰めれば、木々の合間から周囲を伺うアイナリィの奇抜な姿が垣間見える。


 モデルのようなスレンダーな肢体を包むのは最低限の布地。しかし露出した肌にはびしりと紋様が刻まれていて、木漏れ日を照り返す長い銀髪同様に酷く目を惹く。

 辺りを伺いながら彼女は、周囲に敵影無しと認めるや構築魔術ソートマギアを展開した。

 しっかりと伸ばした指先から迸った輝きは、キラキラと煌めいては彼女の周囲に球状に拡がりその色彩を全て透過させて行く。


 自身を隠匿する、《森隠れの蓑フォレスト・カモフラージュ》────構築魔術ソートマギアは他の魔術系統ブランチとは違い、レベルが上がり魔術のランクが高まっても新たに強力な魔術を修得する、なんて事は無い。────言ってしまうと、その制限があるのは実は星霊魔術スピリットマギアだけなんだが。

 構築魔術ソートマギアは魔術を構成する一つ一つの術片ピースを自在に組み合わせ、その構成──つまり構築式スペルスクリプト──に応じた効果を発動させる、という魔術だ。

 最初は組み合わせられる最大数──これを術節上限、という──は最初は3から始まり、ランクが上がる毎に確か2節ずつ増えて行くんだったかな?

 そして術片ピースは何も一つの魔術に一つまでしか組み込めないわけじゃ無い。例えば《威力強化》なんていう術片ピースを複数組み込めばその分魔術が与えるダメージは増加するし、《射程強化》や《範囲強化》なんて術片ピースもある。

 それらを上手く組み合わせて様々な状況に対応するのが構築魔術ソートマギアだ。


 ログによれば、アイナリィはゲーム開始直後はその構築魔術ソートマギアを多用していた。その組み方は中々に面白く、同対象に複数種の攻撃魔術を放つこともあれば、単節の魔術を瞬間的に繰り出したり、その直後にストックした最大節の魔術をぶっ放したりと、実に多彩だった。

 しかしMPバグに気付いてからはその多彩さは段々と失われ、兎に角火力ゴリ押しの戦法スタイルが目立つようになる。

 特に【七月七日ジュライ・セヴンス(仮)】に属してからは、魔術というよりは魔術スキルである《物理防壁ウォール》と《魔術障壁バリア》を多用するようになった。

 あのパーティには専門の盾役タンクがいない。それを彼女が無尽蔵に近しいMPに物を言わせて引き受けていたわけだ。


 果たしてそれは、驕り溺れて見失った道なのか。

 それとも、役割を全うするために切り捨てたのか。


 しかしアイナリィは何故、《複合元素デュアルエレメント》を併用しない?

 正直、私達とアイナリィのいる【グラボラス森林】は初心者泣かせのフィールドだ。北の【ニアフ鉱山】が半ば侵食しているせいで場の属性フィールドパワーソースが《木》と《土》とで細かく切り替わる。

 バグに物を言わせて持続時間を馬鹿みたいに延長出来るアイナリィの姿を私達──主には立花──がこうして追従出来ているのは、所々で彼女が魔術を切り替えているためだ。

 しかし二度目のレイドも終わり、馬鹿ほどの経験値がまた討伐報酬として全員に配布された。それにより、アイナリィも多分に漏れずレベルアップを果たした筈だ。

 それを加味したレベルなら、もう既に《複合元素デュアルエレメント》は修得している筈────それも、バグか?


 何にせよ保護が最優先事項。しかし立花は『待て』をかける。

 直ぐにでも駆け寄って、抱き締めてやりたい。現実ではそう出来なかったから。

 父親をあんな形で亡くして────だからこその違和感。立花の『待て』に賛同してしまうほどの。


 遠目で見る、透けていく彼女の横顔は、どうしてあんなにも笑っている?




   ◆




 ──Goxxamnクソがっ!!


「What, what the hell's happenin'!?!?」


 何も無い空間に喚き散らした所で暗闇は何も答えてはくれない。

 アイザックに無理を言って工面して貰った〈転移の護符テレポート・アミュレット〉三個を使い潰し、俺とセヴン、レクシィの三人はジュライの元へと転移したとんだ筈だった。

 だが極彩色の渦に飲まれた直後、俺はただ独りこの暗闇ばかりしか無い空間に取り残されてしまった。

 セヴンは、レクシィは大丈夫だろうか? それとも俺だけが? ──考えても確かめる術は無い。


 早く────早く、アイツの所に辿り着きたいってのに。


「────What's wrong?」


 ふと鼓膜に飛び込んで来た声にビクリと震え、恐る恐る振り返る。


「……Noah,」


 そこにいたのは、ノア・クロード──俺の兄だった。

 だがその格好はいつかルメリオに見せられた、苔生した様な深緑の法衣ローブに身を包み、フードで顔を翳らせた魔術士のような出立で。

 それが、真っ暗闇の空間に少しだけ透過している。

 首筋が、続いて背筋がぞわりと────冷えた汗が掛け下る悍ましさに、寒気が無い筈の毛を逆立てる。


「Huh, you seem you've been still afraid of ghosts.」


 ああ、まだ怖ぇよ。おっかねぇ。ゲームの中ですら時折、ゴースト系の半透明な敵はぞくりと来る。


「お前のせいだろうが」

「ああ、そうだったね」


 ノアが初めて製作したインディーズゲーム。それが、身の毛もよだつホラーゲームだった。

 俺は漸くティーンエイジに差し掛かったくらいのガキで、ラグビーをやっていたこともあって怖いもの知らずだった。だがそれを見事バッキバキに折り砕いたのがノアのデビュー作。

 欧米によくあるような所謂“ビックリ箱Jack in the box”じゃ無くて、日本で今も主流のゾワゾワ迫り来る、静かな悍ましさ──あれがまさしく俺のトラウマになった。


「でもとっくに克服したと思っていたよ」


 にこやかに笑む表情、遠い虚空へと泳がせた視線────格好や透明度こそ違えど、そこにいるノアは俺がよく知り、そして親しんでいた、憧れていた兄と同一にしか思えなかった。

 だがだからこそ警戒は怠らない。何せこのゲームの現状を支配しているのはノア本人だと言っても過言じゃない。いくら親しく憧れていても敵は敵、そう認識しておかなきゃ────


「──そうだね、今の君にとって僕は敵以外の何者でも無い」

「──っ!?」


 心を、読んだ? いくら


「いくら兄弟でもまさか、心を読むなんてことが出来るのか、かな?」

「────っ」


 確信。ノアは、俺の心が読めるらしい。

 前例なら身近にいる────ニコ。いや、ユーリだ。あいつは電脳兵として戦場に入り浸った末に、嘘やブラフを察知できるようになった。

 だがここまでのものか? ここまで正確に、他人の心を見透かすことが出来るものなのか?


「大丈夫。これはあくまで、僕だけに許された“権限”の一つさ。普段の僕は、君も知っての通り、他人の感情の機微に疎く、どんな輪の中にも入って行けなかった」

「……」

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