268;きつねきつねきつね.02(ジュライ)
『アイナリィが見つかった』
その報せを受けた僕達は〈
しかしなけなしの残り三個──僕とセヴンが先行し、アリデッドさんは一旦【
千葉県民さん率いる【★みんなDE楽しく★】の本拠地は僕達のいる【砂海の人魚亭】からはかなり遠く、どれだけ急いでも軽く一日旅行になってしまう程です。ですから、すぐにでも駆け付けたい僕達は
ですが。
「やっぱ悪ぃ、セヴン。今回ばかりは、譲ってくれねぇか?」
「ユーリカさん……」
何か思う所があるのでしょう、ユーリカさんがセヴンの手に渡された〈
「……分かりました。お任せしちゃいます」
「恩に着るよ」
そしてそれは、ユーリカさんの掌の上に収まりました。
一分一秒を急ぐ今、その真意を問う暇はありません。
「ジュライ、ユーリカ、頼む」
「はいっ」
「ああっ」
そしてそれぞれの掌の上で結晶体が割れ砕け、僕とユーリカさんは二人揃って、アリデッドさんは単独で、渦巻く極彩色の波紋に囚われ飲み込まれます。
その光景とは対照的に視界はひどく白んでいき──眩しさに閉じた瞼を開くと、僕達を取り巻く景色はすっかりと変わっていました。
◆]【レドネンタ】
に到着しました[◆
「よう、息災じゃん?」
早速クランの本拠地の中に入り、執務室で千葉さんと面会します。
「早速だが送ったメッセージの通り、アイナリィが見つかった。そもそも格好からして目立つやつだからな、オレ達の情報網に引っ掛からない方がおかしいんだよ」
「それで、アイナリィさんは、何処に?」
「まだ捕まえちゃいない。今は立花がメインで追ってる」
「立花さんが?」
立花師匠、と言えばこのクランのナンバー2……そんな人が先頭に立つって……
「何つーか──オレは実際に見てないからアレだけど、……何かがおかしいらしい」
「おかしい、と言うのは?」
「先ず……って言うか、先ずも何も無ぇな。
「は?」
僕には千葉さんのその言葉が何を意味しているのかよくは解りませんでしたが、ユーリカさんは声を漏らし、そして思案と懸念の色を表情に灯します。
「
「いいや? 傍目に見て連れていないなんてのはよくあることさ。例えばお宅んとこの
言われ、そうだと思い出します。アリデッドさんの
「ただ、事前の情報からアイナリィが有している
「はい……」
僕が相槌を打った隣で、ユーリカさんは未だ顎に手を当てて考え込んでいます。セヴン程では無いにせよ彼女は僕よりもこのゲームに精通していますから、どうやって消しているのか、その辺りの方法や理由・目的を漁っているんだと思います。
「だから結論としては、消しているんじゃなくて消えている、って考えた方がしっくり来る」
「消えている?」
「──NPC化」
ユーリカさんのぼそりとした呟きに、パチンと指を鳴らして千葉さんは「
「えと……NPC化、とは?」
「プレイヤーがログアウトしている間の、キャラクターの状態のことだ」
「え?」
何でも、現実の世界と時間がリンクしているVRMMORPGでは、プレイヤーがログアウトしている間にキャラクターが何をしているのかが重要になる、とのことらしく。
ヴァーサスリアルではキャラクターはプレイヤーの操作から離れた後もそのキャラクターとして普通に生活しているんだそうです。
流石に勝手に
正直僕はこの世界に目覚めてからはログアウトというのは全く身に覚えがありませんし──そう言えば一度だけ強制的にさせられたことがあったような──そしてそれをどうやれば出来るのかもとんと知り及んでいませんから、そんなことがあるのかと寝耳に水のような目から鱗のような複雑な心持ちで聴いていました。
「ジュライは牛飼七月と分かれて二人になった時、
「
深く頷いたまま、ユーリカさんの下がった顎は下の高さに戻りません。やはりそこにはしなやかな指が添えられ、虚空に投じるのは真剣な眼差しです。
「オレも、何となくそうなんじゃ無ぇか、って思ってる。確証なんて何も無ぇけど、ただ立花が何かおかしいって言う時は、大抵何かおかしいんだ」
「つまり……」
ユーリカさんが眼差しの色を変えぬまま、僕を見詰めます。思わず僕はごくりと息を呑みました。
「アイナリィも、ジュライみたく……」
言葉の途中で口を噤んだのは────
「もしそうなっていたとして──じゃあオリジナルはどうしているんだ?」
「オリジナル……」
無論、アイナリィさんのプレイヤーのことです。
僕達プレイヤーは全員、今はこのゲームの世界に閉じ込められています。
百万人を超えていた中からどうして僕達二千人程度が選ばれたのかは定かではありませんし、その問いはゆくゆく直面する宿命の付属品なんだと思います。今それを論じたところで何にもならない。
現実がどうなっているのかは僕達の誰にも分かりません。僕や【
僕以外に、今のところプレイヤーとキャラクターとで分かれてしまった方はいません、いえ、確認されていません。
何となくあれは僕のような“死んでる勢”にのみ起こる致命的なバグみたいなもの、と思っていたんですが……言われてみれば、その確証だってありません。
アイナリィさんにだって起こり得る事象であることは、いくらだって論じられます。そして彼女は特に、バグの申し子ですから────
「まぁぶっちゃけると何の確証も無い、ただうちの立花がなんか小首傾げてるだけの話なんだけどさ。ただ、話し掛けようとしても逃げるんだから確かめようが無ぇ、って話でもある」
「逃げる……」
アイナリィさんが最後にログインしていた時の状況は────ああ。
思い出してハッとしました。
「……誰が敵で誰が味方か、判らないってのはまぁ理解できる。だから単身、所属ギルドに帰ろうとしてるって考えりゃ、走行している
「でもそうするよりも、
ログアウトしている時にキャラクターを動かしているのはAIで、そしてそれはログインしている間は
だから、ログアウト時のキャラクターには
「でも待って下さい」
誰かの口から結論が発せられる前に、僕はある事実を吐き出しました。
あの時ーー僕がレナードさんを討ったあの時。レナードさんが遺した
「……待って下さい。アイナリィさんの
「ああ、確かそう言う話だったな。だからアイナリィがNPC化してるんじゃ無くて、あのアイナリィはれっきとした本人で、って言いたいんだろ? だけどそれはあくまで希望的観測だ。
言えば言うほど、考えれば考えるほど、得体の知れない悍ましさが僕の中で渦巻くのを感じました。
そんな僕の様子を千葉さんは察してくれていて、それはきっとユーリカさんもそうで、だからこそ千葉さんは僕の代わりに残酷な事実を突き付けようとしてくれています。
確証は何もまだ無いにせよ、想定しなければならない最悪を、突き付けようと。
「もしもの話をするぜ? もしも──もしもNPC化したアイナリィのキャラクターが、自分こそがオリジナルだって息巻いてしゃしゃり出て来たならよ」
「本来のオリジナルの筈のプレイヤーをぶち殺そうとする──少なくとも、アタイがそうならそうした後で成り替わるだろうな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます