267;きつねきつねきつね.01(姫七夕/アイナリィ)

 ギルド【砂海の人魚亭】へと戻ったぼく達は、パーティメンバー全員を集めました。


「ジュライ!?」

「……ただいま」


 ユーリカさんを筆頭に、残留していた皆んなは驚いていましたが、それはすぐに祝福へと変わりました。

 唯一レクシィちゃんだけがそこまで驚いてはおらず、もう帰ってきたんだ、くらいの表情でした。逆に彼女に付き従うナツオさんは蒼褪めて絶句しており、でもギルドの雑用係として働く姿を見たジュライは、何も言わずに右手をスッと差し出したのです。


「えっ?」

「これから、よろしくお願いします」

「あ、……え、あ、……よ、よろしく」


 戸惑う気持ちがどれほどのものか、ぼくには推し量れません。加害者の気持ちも被害者の気持ちも、そのどちらもをぼくは知らないのですから。

 でも、ジュライがそうしてくれたことはとても嬉しいことでした。


「おかえりこの野郎っ!」

「ジーナさんも、はい。随分と心配をおかけしました」

「もう、どっか行かないよな?」

「ええ。もう、どっか行きません」


 どうしてでしょう。表情も佇まいも何一つ以前とは変わっていないのに、ジュライは何だか大人びて見えるのです。いつもよりもキラキラしていて、澄んだ空気を纏っているように思えて仕方ありません。


「ジュライさん、お帰りなさい」

「……アイリスさん」


 アイリスさん、つまり須磨睛美さん。スーマンさんのお姉さん。

 もうレクシィちゃんから全てを聞いてはいるのですが、それでも彼女はジュライの口からもそれを聞きたいと願いました。

 アリデッドさんが間に入り、「取り敢えず全員テーブルに着け」と促します。

 食堂の円卓を囲むぼく達。ジュライはアイリスさんにスーマンさんの最期を語ります。

 受け継いだのはレクシィちゃんの役目でしたが、最期を直接齎したのはジュライの役目でした。とは言っても、ぼく達が必死になって倒したあの蝕霊獣レタイマイナによって、すでに不死属アンデッドに作り替えられていたのですが。


「後は、レクシィさんから聞いた通りです」


 そう締め括られた物語をアイリスさんはやはり涙せずには聴いていられませんでした。

 でもそれを拭いながら、嗚咽を噛み殺しながら、澄んだ笑顔で「ありがとう」と伝える彼女を、両隣に座る彼女のパーティメンバー二人が包むように抱き締めます。


「スーマンはレクシィが引き継いだ。レクシィが元気で笑ってそこにいるってことはスーマンがそうしてると言っていい。誰一人としてもう欠けちゃならねぇ。そして俺達には、目下迎えに行かなけりゃならん奴がもう一人だけいる」

「……アイナリィちゃん、ですよね」


 アリデッドさんが頷きます。

 レクシィちゃんから聞いた、レナードさん──朱雁ちゃんのお父さんの最期をぼく達は思い浮かべました。

 やはりその詳細も、ジュライが語ってくれました。


「レナードさんの〈修羅ソウラのアニマ〉は金色の狐が持って行きました。恐らくあれは、アイナリィさんの使い魔ファミリア

「コンか。まぁ無い話じゃないな。使い魔ファミリアってのは主人に付き従うもんだが、指示があれば離れて単独で行動だって出来なくは無い」

「そうですね。でも仕様上、使い魔ファミリアが受けるダメージやバッドステートなんかは主人が身代わりになりますから、あまりそうする人はいませんけど……」


 ちなみに、使い魔ファミリアの種類によっては主人が受け持つダメージのうち何割かを軽減する“盾”として機能したりします。確か、象でしたっけ?

 なお、ぼく達パーティメンバーそれぞれの使い魔ファミリアが持つ特性はこんな感じです。


・花の妖精(ブラナ)

 主人:ジュライ/ナノカちゃんから引き継ぎ

 特殊能力→言語を介した会話による簡単な意思疎通


・仔豚(モモ)

 主人:ぼく

 特殊能力→収納できるアイテムの許容上限が大きい


・カメレオン(シグナス)

 主人:アリデッドさん

 特殊能力→透明化(ルメリオさんの蛸もこの能力です)


・猿(ギンジ)

 主人:ユーリカさん

 特殊能力→ある程度の道具の使用


・ポメラニアン(ゴーメン)

 主人:レクシィちゃん/スーマンさんから引き継ぎ

 特殊能力→Kawaii好可愛の極み


 アイナリィちゃんの使い魔ファミリアは金色の毛並みを持つ狐。特殊能力は“魔力MPの増加”だった筈です。

 使い魔ファミリアにはレアリティが設定されていて、同じタイプでもそのレアリティによって特殊能力の凄さは変わります。


 レアリティは“コモン”、“レア”、“SRスーパーレア”、“SSRスーパースーパーレア”、の四段階です。ぼくのモモは最上級のSSRで、アリデッドさんのシグナス君がSR、ユーリカさんのギンジ君がRなのを除けば後はみんなCだった筈です。

 ですからアイナリィちゃんのコンちゃんもレアリティは“C”で、魔力MPの増加量も1%に留まります。


 しかし全ての使い魔ファミリアのレアリティは専用のクエストを攻略することで成長させることが出来ます。それは最上級のレアリティであるぼくのモモも可能で、成長させることで最上級を超えたレアリティ“URアルティメットレア”となるのです。

 この“UR”がレアリティの限界で、全ての使い魔ファミリアはこの“UR”へと成長が可能です。なので初期のレアリティはそこまで問題にはなりません。無論、使い魔ファミリア成長クエストに時間を割かれない、という利点はありますが。


 しかし気になるのは、ジュライの元に訪れた煤けたように黒く汚れた金毛の狐が果たして本当にアイナリィちゃんの使い魔ファミリアであるコンなのか、ということです。

 アリデッドさんが先程言ったように、使い魔ファミリアは確かに指示を出せば主人の元を離れて単独で行動することも出来ますし、使い魔ファミリアが受ける損傷ダメージ状態変化ステートは全て主人が引き受けますから、指示の次第によっては単独行動を旅にすることも出来ます。

 でも使い魔ファミリアがいなければインベントリを開けませんし、他のプレイヤーと連絡を取ることも出来ません。使い魔ファミリアというのはヴァスリではユーザーインターフェースとして機能しますから。

 また、使い魔ファミリアの動力源は主人の魔力MPです。しかも離れれば離れるほどに供給しなければならない量は増えますし、こればっかりはどうやっても軽減出来ないんです。まぁこの問題はアイナリィちゃんの有するバグが解決してくれるでしょうけど、つまり使い魔ファミリアを長期に渡って放すプレイヤーは通常いません。動けなくて救けが必要でも、使い魔ファミリアを放つよりもフレンドと連絡を取った方が遥かに高効率で高確率なのですから。


「……アイナリィちゃんは、今一体どうしているんでしょうか」


 ぽつりと呟いた言葉はまるで凪いだ水面に一石を投じたように、ぼくを注目するパーティメンバーの皆さんの心に波紋を打ちます。

 はっとしてももう遅く、吐いた言葉を飲み込む術は無く、それでも。


「アイツがそう易々とどうにかなってるって想像は出来ないな。心配ではあるが」


 屈強で大柄な蜥蜴男さんは強く言いました。その言葉に、ユーリカさんも深く頷きます。


「大丈夫であることを、信じるしかありません。そして速やかに、探し出すこと」


 ジュライもまた、ぼくにしか判らない笑みを湛えて紡ぎます。


「色々とやらなきゃならんことは多い。アイリス達のレベリング、固有兵装ユニークウェポンの製作と新調、各自の〔修練〕進め、次のアルマ技めに固有ユニークスキル。……だが俺達はまだ、一番最初にやらなきゃいけない大事なことをまだ終えていない」

「何だよ?」


 ユーリカさんが眉根を寄せます。


「“旗揚げ”だろ。何せ俺達はまだ(仮)かっこかりのパーティだ、いい加減全員揃って名を揚げる」

「……【七月七日ジュライ・セヴンス】ですね」

「ああ」


 深く頷くミサイル弾頭のお顔。漸くジュライが戻って来てくれて、スーマンさんはもういないけれどレクシィちゃんがいてくれて。

 後はもう、アイナリィちゃんがいれば勢揃いなんです。


「“誕生日おめでとうHappy-Birthday”も随分と待たせちまってるからな。さっさと、全員で、迎えに行くぞ」

「……はいっ」




   ◆




「……あかん。何処や、ここ? うっわー、やっぱ使い魔ファミリアおらんと全然ダメやなぁ。道がわっからへん。……まぁええか。地道にコツコツは京女の得意技やしな、ゆっくり行ったらええねん────

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