266;全体会議.05(シーン・クロード)
「……ああ、そうか。だからお前――――」
こいつにしては短絡的な予想だと思ったわけだ。それは予想じゃなく願望だった。
しかし、自分がこれまで過ごして来たそれが作り物であることを願う程の人生――生半可な凄絶さじゃ無いんだろう。
残念ながら、俺はそれを推し量れない。そんな俺の共感や同情は侮蔑と同義だろう。この中にそうならずそれが可能なのは――――
「……成程。私には何も言えないな」
そう呟いたのはミカ。彼女は現職の傭兵――
違うのは、彼女は自ら望んでその道へと進んだということ。
「アタシもよぉん♡」
「……」
ジュライは目を伏せながら押し黙っている。性質や経緯としては、――どうなんだろうな。そうせざるを得なかった、と見れば牛飼七月もニコ達と同じかも知れないが、しかしこいつは自らの中に潜む凶暴性を自認している。ニコ達とはやはり違うと言っていい。
「――人を殺すのは嫌だすふぁな」
ただ、こいつのその言葉は、こいつが持つパブリックイメージとは乖離している気がした。
「話をまとめていいか? つまりそこにいるハイメは、ニコ……いや、ユーリ・ニコラエヴィチの思考プロセスを基底に築いたAIで、実在しない人物が操っているキャラクター、で合ってるか?」
ニコとミカが静かに頷く。
「一応、そういうモノがあることは上から聞いていた。だが投入時期は未定だった筈だ」
「そうよん、寧ろミカちゅゎんは、反対していた側だったわぁん♡」
ぶりぶりと小煩い動きでミカをフォローする髭の言葉に、ニコは小さく溜息を吐いた。
「反対、って? AI搭載兵器なんてもう当たり前な時代だろう?」
「……実存する誰かの思考パターンを根底に組み込んでいるなら話は別だ。当然、アルゴリズムを調整するのは人間だ。だからそのAIの行動パターンや学習パターンもその誰かの影響を少なからず受ける。それでも、……ハイメに搭載されているのは、あくまでユーリ・ニコラエヴィチの、戦役に加担するいち兵士としての行動様式だ」
「……それが、何だって言うんですか」
「私は、君が人殺しとして戦う姿を見たくは無かった。ただそれだけだ」
「……自分は良くても?」
随分に研ぎ澄まされた棘だった。苦悶に表情を歪めるミカの頭にぽんと手を置き、髭が何でもないような顔で語る。
「そうよぉん? アタシ達は人殺し。人という形をした命を奪うことでしか生きられない異常者。でもねぇん、アタシ達はそれを自覚しているし、そうとしか出来ない愚物なりに自分の生を謳歌しようと足掻いて来たわぁん。……これ以上ミカちゅゎんを侮辱するようなら、アタシの筋肉が黙っちゃいないわよぉん?」
びきりと浮き立った米神の青筋に場の空気が鋭利さを増した。
だがそこに割って入って来たのは、他でもないハイメだった。
「ニコ。僕という存在のために気分を害させてすまない。ただ聞いて欲しい。僕は君を、救いに来た。君を鎖ざしている呪縛を断ち切りに来た」
ニコは当然、苛立ちの狭間に困惑を浮かべた表情で見遣る。そんな彼に、ハイメは抑揚の無い落ち着いた声音で訥々と話す。
「ハイメという存在は、ユーリ・ニコラエヴィチという人物の思考パターン、アルゴリズムを根底に編まれている。それは、ユーリ・ニコラエヴィチという人物の思考を復元させることで、ユーリ・ニコラエヴィチ足る兵を量産する目的を擁する。差し詰め僕はその第一弾、というところだ。それは解ってくれるかい?」
ニコは答えない。だがハイメはそれを肯定の意と捉えたようだ。
「結論を言おう、ニコ。いや、敢えてここはユーリと呼ばせてもらう。ユーリ、僕が量産されれば、君はもう戦場を駆る兵士じゃ無くて良い」
成程――確かに、ユーリが沢山いるのなら
だが理屈はそうでも、議題は結局のところ感情論だ。易々とはいそうですか、で済ませられる程俺達は達観していない。
「……出来るなら、僕じゃ無い方が良かったよ」
「ユーリ。今となっては出来ない相談だ」
「言われなくても――はぁ、そうだね。逆に考えることにする。僕が死に物狂いで戦った過去が、誰も人殺しにならなくていい未来を創るんだ、って」
そしてニコは大きく
「ミカ、さっきは苛ついていた。嫌な思いをさせて済まない」
「いいんだ。君がそうするのは人として当然だ」
「ダルク、君の大切な人を責め立てた。ごめん」
「アタシこそぉん、挑発するような物言い、ごめんなさいねぇん」
全ての禍根が晴れるわけは無い。ただ、この場は一先ず落ち着いた。
「さて。じゃあ改めて僕らがやるべきことを整理して行こう」
そうなればいつものニコ、いやユーリの独壇場だ。持ち前のリーダーシップを発揮して、とんとん拍子で話を進めていく。しかも、大体の人間が納得をして。
やはりそれは、戦争で培った能力の賜物なんだろうか。起きていない、しかもその素振りのない問題を提起することに意味を見出せずとも、確かに胸の内に沸いている嫌な予感は、経験上無視しない方がいい。
「じゃあ、ロア達【
「ぴょん」
「ナマステのもとに」
ニコが取り纏める。場に集まったクランやパーティに一つずつの指針を与えていく。
「アリデッド達はアイナリィさんの捜索。それが終わったら合流しよう。【★みんなDE楽しく★】は情報収集と伝達。パーティ単位で各地に散らばって」
「ああ」
「あいよぅ!」
「僕たちはその都度その都度で足りない所に駆け付ける。疑問、異論は随時受け付けるよ、気兼ねなく言って欲しい」
その場では誰も何も言わなかった。まぁ、だからこその『いつでも』なんだろう。
納得は全員の内にある。だがだからと言って不安が無いわけじゃない。俺達は、現実にまだ戻れていないのだから。
しかしそれはこの世界でゲームを続けない理由にはならない。その先にしか、現実への帰還は果たせそうに無いからな。
「封印核とノア、それから現実への帰還。この三つの情報は必ず共有してほしい。全員で帰ろう、僕達自身の家に」
締め括られ、そして思い思いに立ち上がり解散する。
アイザックから自作の〈転移の護符〉を受け取り、俺達は【砂海の人魚亭】に帰り着いた。
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