265;全体会議.04(ユーリ・ニコラエヴィチ)

「――来い!」


 立ち上がったミカが空へと吼えると、突如として暗雲を切り裂く様な銀色の流線が一条、ぎゅるらりと翻っては鋭角に舞台を目指して墜ちる。

 それは円卓の中央へと目掛けると、しかし衝突の直前にまるで慣性を無視した急停止を見せ、ふわりとそこに降り立った。

 ふわりと靡くマントがやがて重力に従う。そこに描かれているのは、ミカ達【正義の鉄鎚マレウス】のメンバーであることを示す戦鎚十字ウォーハンマー・クロス


「クラン【正義の鉄鎚マレウス】所属、――ハイメ」


 見れば見るほどに、気持ちが悪くなるほど――――

 白に程近い銀色の髪、蜂のような目、左の目尻にこじんまりと居座る涙黒子、華奢だと言われかねない細身の体格。

 違うところと言えば無表情であること。いや、と言った方が正確かな?


「皆も知っていると思うけど――――彼は僕たち【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】よりも先に、戦況を分析して勝利のための指示を拡散していた」


 自分でも嫌になるほどに、言葉に棘が生えているのがよく判る。それでも、僕は彼に対する嫌悪感を克服することは無いだろう。


「言っておくと、僕は双子じゃない。僕の兄妹はターシャだけ」


 僕の言葉に、ターシャが静か頷く。


「そして――――僕も、彼のことはよく知らない。いや、……ある程度は知ってはいる。あくまで知らないって言うのは、彼との面識が無いってこと」

「つまりお前は、そいつの知っているんだな?」


 アリデッドが険しい顔付きで未だ円卓の上に佇むハイメを睨みつけながら問う。当のハイメは冷ややかに彼を見下ろしながら、ゆっくりと周囲の人間の表情をひとつひとつ睥睨した。


「――ミカ。これは、降りた方がいいのか?」


 そして最後に辿り着いた仲間に向けて、なんと愚かな問い掛けをする始末。

 ミカは深く溜め息を吐いて、ハイメに顎で降りるよう指示した。そこで漸くハイメは、円卓からふわりと跳び上がってミカとダルクの座る後方に羽のように着地する。


「アリデッド。だけども僕は、僕の口から彼の正体を明かす気はない――――それは、ミカの役割だと思うから」

「分かっている」


 そしてミカは悩める者の目付きで一度ハイメを振り返り、そして僕へとまた向き合って解を説いた。


「ハイメは――――AIだ。そのアルゴリズムの根底には、そこにいるニコの――――ユーリ・ニコラエヴィチの思考パターンを敷いている」


 円卓の周囲に静けさが拡がった。ただ、それはどちらかと言えば“理解の追い付かなさ”が齎す絶句だった。


「えっと……それだけ?」


 ミカが押し黙るものだから、つい僕は


「それだけじゃあ、よく解らないと思うよ? もっとちゃんと、どうして僕の、なのか、どういう経緯で僕の、とか――そういうところまで話さないと」

「ああ、分かっている」

「いや、君は分かっていないよ。勿論、君に言ったところで何がどうなるものでも無いことは十分承知さ、でも」

「ニコ!」


 怒号にゆっくりと振り返れば、泣きそうな顔で怒りを顕わにするターシャ。その後ろで、リアナとアイザックが伏し目がちに嘆息を重ねていた。


「……やっぱり、僕から話そう」

「ニコ」

「大丈夫だよ。どうせいつかは、話さ」


 僕は上手く微笑めているだろうか。いつもの僕が、柔らかく穏やかな表情を灯せているだろうか。

 ああ、全く鏡写しだって言うのに――――向こう側にいるを見ても、僕のことはちっとも分からない。そりゃあそうか、鏡じゃないもんな。


「何から切り出そうか……ああ、そうだ。僕とターシャが長らくログイン出来なかった期間があったでしょ? あの時――――僕とターシャは、

「「「え?」」」

「その後でリアナとアイザックも合流した。本当にね、先のレイドに参戦するほんのちょっと前まで、僕たち【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】は戦争をしていたんだよ」

「「「……」」」


 そう――僕たちは、祖国の兵士。【黄昏の戦士ヴォイン・スーメリク】という名を冠せられた、四人の“遠隔操縦士リモートソルジャー”。フルコネクト式VRの技術を用いて遠く離れた操縦室から、戦地に投じられた人造兵士と接続リンクして勝利のために奔走し撃滅する電脳兵。

 幼い頃から義務教育の傍らで遠隔操縦の技術を叩き込まれ、戦場に華を飾ることでしか未来と自由とを享受できなかった奴隷も同然の、戦災孤児。

 僕たち兄妹とエカチェリーナ、そしてイサークの四人だけが、そうして育てられた遠隔操縦士リモートソルジャーとして大成することが出来た。

 才能があったからかどうかは判らない。人と比べたなら、あると言えたかも知れない。

 でも、齢十を迎えたばかりの僕たちの脳は、戦場で起こる災いの全てを受け止めきれるほど頑丈じゃなかった――当たり前だ。

 だから僕たち四人の他は、皆壊れてしまった。僕たち四人は、施設に迎え入れられた時から何故か大体一緒にいて、馬が合った。互いに寄り添い合い、傷を舐め合ったり抱き締め合ったりすることでどうにか生き延びることが出来ていた。

 そして僕達は十五歳になり、全員がそれぞれに電脳を介して戦場に接続を続けるうちに特別ギフトとも言える才能を花開かせた。


 イサークは俯瞰とも言える、卓越した空間および状況把握能力。

 エカチェリーナは集中力の限界を突破した精密機械のような狙撃力エイム

 アナスタシアは疲れやストレスと言った障害を一時的にが出来て。

 そして僕は――――目にした対象の感情が、色と波とになって視覚出来た。


 僕達のその特殊能力ギフトはけれど、更に戦火を投じたかと言うとそうじゃない。

 長らく続いていた戦争が終わり、和平条約が締結された。

 僕達は解放され、機械仕掛けの人形兵を遠くから動かすという生業を失った。【黄昏の戦士ヴォイン・スーメリク】は解体されたんだ。


 僕達はこれまでに培った技術を、能力を、何か他のことに費やしたかった。

 戦争のため、人殺しのために生まれた僕達なんかじゃ無いんだって、とにかく証明したかった。

 VRMMOはその、格好の手段だった。何せやっていることは同じだ。ハンプティ=ダンプティから電脳世界に接続して、アバターを操って勝利を掴み取る――――時にはフラッシュバックして心が割れそうになる夜もあったけど、二十歳を迎える頃にはそれもほぼ無くなった。


 でも最近になって雲行きは怪しくなった。

 水面下でいざこざは生まれていて、遂にごくごく小規模だけれど戦争が起きた。いや、戦争なんて本当、呼べないくらいの小さな――――そこに、僕達四人は向かうしか無かった。


「……人を、殺して来たのか?」

「幸いなことに、今回は誰の命も奪ってないよ。

「そうか……」


 アリデッド――――シーンは、僕達が掴み取った筈の仮初の自由を享受する中で出逢えた、戦友ともであり好敵手ライバルだった。シーンだけじゃない、色んな、実に様々な人達と出逢い、繋がり、別れてはまた出逢った。


「僕はね、……この事実が露呈して、皆と創り上げてきたこの関係性が、が、壊れてしまうのが怖かった――怖かったんだ」


 耳に、すすり泣くターシャの声が聞こえて来る。本当、戦場じゃあ何があっても驚いたり怒ったりなんて感情を表さないタフネスガールだってのにさ。


「でも、【黄昏の戦士ヴォイン・スーメリク】は終わったんだ。解体された。もう二度と、僕達は宵闇に身を委ねない。だから僕は――――僕の思考パターンを、軍に提供した。そこで研究されて開発されたのが、僕の思考パターンを基底に組まれたアルゴリズム――――そこにいる、ハイメの魂を編んでいるものだ」

「……交換条件、か」


 アリデッドの嘆息に頷きで返す。


「でも、そうしたところでいつかはまた呼び出されただろうね。あの小さな戦場での小さな戦果が、一体どんな未来に繋がっていたのか――今となっては何も分からない」

「……ああ、そうか。だからお前――――」


 そう、そうだよシーン。

 僕はね――――この世界が現実であってくれた方が、他のどんな何よりも良かったんだ。

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