264;全体会議.03(シーン・クロード)

 しん、と静まり返る中、隣のセヴンが小さく手を挙げた。もう流石に横ばっか気にしている程惚気ているわけじゃ無いらしい。うん、まぁ、いいことだ。


「セヴン」

「はい。あの……この“ヴァーサスリアル”というゲームは10年前のオリジナル版の、言ってしまえばリメイク版なんですが、色々と当時から変わっていない内容のものがたくさんあって……」


 場にいる恐らく全員が、何を言おうとしているかを察してごくりと喉を鳴らす。


「場所は流石に変更されているかも、とは思うんですが、思い返してみれば辰星封印の核はダラハン王家が管理することになりましたし、羅雲封印も――」


 円卓に着く全員が、隣り合うパーティーメンバーと顔を見合わせた。

 ジュライは落ち着き払った目で語るセヴンを変わらず見詰めていて、そして俺はと言うとそんな全員を片っ端から見回していた。


「つまり――十年前のオリジナル版を辿れば……九曜封印の核を見つけられる、ってこと?」


 ニコの問いにセヴンは頷きで返す。


「参ったなぁ。流石に十年前のは未プレイなんだよなぁ」


 うなじに右手を伸ばして掻きながら振り返ったニコの困った表情に、【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】の面々はそれぞれ顔を顰め合う。


「……いや、そんな風に見られても俺は何も知らんが?」


 次にそれらの目が向けられたのは俺だ。理由は――


「そんなことないだろう、お前はこのゲームの開発者の実弟なんだから」


 と、言うことだ。まあ予想は着いていた。


「アイザック。お前は十年前に兄弟家族が語ってた仕事や趣味の話をいちいち覚えているのか?」

「いや?」

「な?」

「あー……」


 諸手を挙げたアイザックの剽軽ひょうきんさに、場の空気は少し軽んだような気がした。こいつはいつだってそういう奴だ。


「じゃあ九曜封印の核については、現状セヴンに頼るしか無い、ってことだね」


 ニコがそう纏めるも、しかし当の本人の顔は重い。


「セヴン、大丈夫か?」

「……頼られるのは勿論嬉しいですし、ちゃんと今も、ぼくは当時のルートを覚えています」


 ――だろうな。何たって彼女は、リメイク版に引き継がれた当時から変わらない詠唱チャントを、流石に全部では無いものの主要なものは丸暗記している。

 なら、その顔が晴れない理由は――――


「でも、……今回のリメイク版には、勿論当時には無い要素だってあります。レベル上限の引き上げ、それに伴う四次クァルダアルマ。《原型変異レネゲイドシフト》や《原型深化レネゲイドフューズ》もそうですし、」

革命エクストラアルマ」


 合いの手で差し入れたその単語に、この場にいる全員が聞き覚えがあるようだ。


「ジュライ。お前の今のアルマは?」


 ミカが訊ね、ジュライが静かに答える。


「《軍刀師セイバーマスタリー》という、僕にしか無いアルマです」

「この中に、革命エクストラアルマを手に入れるよう指示を受けた者は?」


 顔を見合わせ、次々に手を挙げる円卓の冒険者達。無論、俺もその一人だ。

 ミカは続ける。


「なら、それを手に入れた者は?」


 その問いに、殆どの者が挙げた手を下ろした。そうしなかったのはジュライと、そして――――


「ほぅ……流石はだ。やはりお前も、特殊なアルマを手に入れていたか」


 ロア。それに、その隣のルドラもまた渋々といった様子で小さく掌を見せている。


「お前のアルマは、何だ?」

「知ってどうするぴょん?」

「教えられない理由でも? それとも、教えたくない理由か?」

「煽るなぽよ。あーしは別に、ここで、ここにいる全員とやってもいいんだすふぁ」


 アイザックが道化となって和らげた空気に再び緊張の色が沁みる。

 だがそれを打ち破ったのは、隣に座っているルドラだった。


「ロア。――――、だ」


 緊張は破られたが、しかし困惑ゆえの静寂が全員に訪れた。いや、意味が解らん。ナマステって――え、インドの、挨、拶?


「ルドラ、すまんぽよ。確かにナマステの気持ちが今のあーしには足りなかったっぽろんちょ。勘弁するすふぁ」


 ミカの顔は引き攣っていた。いや、ミカだけじゃ無い、【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】を筆頭に、殆どの奴が頬やら顳顬やらをピクピクとさせていた。

 そうなっていなかったのは――――ジュライとダルク、それから【☆みんなDE楽しく☆】の二人。その二人、千葉と立花に至っては、一応空気は読んでるものの口許を押さえたり顔を伏せたりして笑いを堪えている始末。まぁ、ガチエンジョイ勢お前らにとっちゃそりゃあ笑いたい状況だろうが。


「ナマステを、忘れるな。ナマステは常にそこに、有る」


 ――いちいち溜めんな。


「と、いうわけですまんぽよだけど言えんぽよ」

「……ああ、こちらも悪かった。主にお前らに聞いた頭が」


 空気どうなってんだ。


「ま、まぁまあ。話を元に戻そう。セヴンはつまり、そのが不安なんだよね?」


 話を振られてビクッとしたセヴンが、ほんの少しの間をおいてこくこくと頷く。


「その、ぼくは夢の中でお告げみたいな形で聞いたんですけど、……何かの罠かも知れないって、思い始めてしまって」

「確かに――あの“くろP”が、実はノア・クロードだったもんね」


 ターシャが実例を挙げて同意を口にする。


「あとは個人的と言うか、パーティー的な話をさせて貰えば――俺達の仲間の一人が行方不明のままだ。ぶっちゃけて言えば封印云々よりもそっちを優先したい気持ちもある」


 アイナリィは未だ消えたまま――アイツに限って、だなんてことはあり得ない。

 だがアイツは現実でも、強制ログインの前に行方を晦ました。ミカは側にいながらそうなった責任感から――それだけじゃ無い、一時共に住んでいた、面倒を見ていたってのもある――アイナリィの捜索には非常に意欲的に協力的だ。

 牛飼七月の捜索と兼務だったものの、ルメリオを筆頭にそこそこの面々がアイナリィを今も探し続けてくれている。

 だが、だからと言ってのことを人任せになんかしてられない。


「俺の中で優先順位はもう決まっている。俺達は仲間全員との合流を最優先にする。ってかいい加減、俺達もしたいってところだ」

「そうか、そう言えば君達パーティーは、“(仮)”だったね」


 頷く。


「それが叶ったら――パーティー全員の底上げしながら俺達もさせてもらう」

「え? それなら全員で捜索すりゃいいんじゃね?」


 隣から、まさかの真っ当な意見――千葉だ。


「九曜封印については“ちゃんセヴ”に任せるしか無いって言うか、それが一番確実なんだろ? だけれども当のちゃんセヴはパーティーの都合で行方不明になっているそのアイナリィって子を捜し出さなけりゃ動くことが出来ない。なら、取り敢えず全員でそれやるっきゃなくね?」


 まさかの、まさかまさかの至極真っ当な意見だ。

 だが俺はそれは拒否したい。俺達の事情に、付き合ってもらう義理なんか無いんだ。


「なるほど、確かに。確か――【☆みんなDE楽しく☆】の残存メンバーは……」

「千人くらいだったかなぁ? 取り敢えず四桁なのは間違いない」


 およそ半数が、か……ヤバいな、流石はメンバー数最大クラン様だ。人海戦術にはもってこいだな。だが……


「何をそんな嫌がってんの? 貸し借りとか気にするクチ?」

「俺達の事情に付き合わせる義理が無い」

「義理とか使命とか責任とか、そんなんばっか言ってたら青春終わんぞ?」

「別に青春だけが人生じゃない」

「まぁそりゃ? 青春朱夏白秋玄冬ってな? 言うけどな? ――楽しむことを忘れた時に年食ったなーって気付いても遅いんだよ」

「お前幾つだよ」

「オレ? だけど?」

「「「「「はぁーっ!?」」」」」


 え、嘘だろ、マジ、か???


「確かに楽しむ気持ちは大事だ。ナマステの次くらいに、な」


 煩えよNize youナマステ野郎。どんな感情だってんだ。


「あーしのクランメンバーにも探させるぽよ。皆でやればきっと見つかるぴょん」


 お前もこんな時に限って穏和な雰囲気纏ってんじゃねぇ!


「あー、もう……」


 ああ、頭が痛い。

 だが、人海戦術が最も効率的であることは自明の理だ。しかもそれが、各方面に秀でた手段があり、かつ統率するリーダーもいる。

 身内の事情のせいで足踏みさせるのは主義に反している、だがそれは俺の問題だ。

 アイナリィのことを考えれば――――答えなんか、決まり切っていた。


「……分かった。頼ることにする」

「はっ! これこそがVRMMOの真髄だろ? 赤の他人とも協力し合える、昨日の敵は今日のダチってな!」

「そうと決まれば――アイザック」

「もーうやってんぜ?」

「はは、相変わらず仕事が早いな。これからに対してアイナリィの捜索依頼を送る。情報提供に賞金を設けて、全員で一丸となっての虱潰しローラー作戦だ」


 仕切る、という段になると、コイツは本当に途端に輝き出すな。

 しかし会議はまだ終わりじゃ無い。大事な話はまだ切り出されてすらいない。


「――そんな目をするなよ、アリデッド。ちゃんと、これから話すさ」

「――ああ、頼むぜ」


 そして振り返ったニコは、視線の先にいるミカに頷きの合図を送る。

 ミカは深い溜息を吐いては、吹き抜けになった空の天蓋を仰ぎ見た。

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