259;月と影.10(牛飼七月)

「――《原型深化レネゲイドフューズ羅刹メァシカーズ》!!」


 黒い呪詛めいた気流が立ち昇り、僕の全身を急速に覆っていく。

 その端から僕は黒く塗り潰され、額からは赤を先端に灯す鋭い双角が生えた。


 すでに眼前に迫り切っていた“神刺”はその瞬間から速度を大幅に減衰させ――いや、違う。僕が、僕の方が速くなったんだ。

 世界に流れる時間の一瞬一瞬を切り取って、まるで映画をコマ送りで観るように。

 ぎゅうと凝縮された交戦の濃度が喉を渇かせて堪らない――――だから僕は、それを潤す赤を求めて〈七七式軍刀〉を振り払いました。

 衝撃はアイツの握る軍刀を通じてその全身に波及し、僕と同じ身軽で細い身体がぶわりと宙を後退します。


 濡れた砂利を鉄底が噛みながら滑り行く不快な響き。

 静止したアイツは、てんで間抜けな表情でした。


「――っ!?」

「もういい、もう――――終わりにする」


 頭の中で祝詞に似た歎願を吐き捨て、僕は再び《戦型:黒翼》に構えます。

 そして牛飼流の歩法で以て大きく一歩を踏み出すと――勢い余り、アイツの眼前にもう立っていました。

 得物はすでに背の影に隠しています。《初太刀・牙烏カラス》はもう成っています。

 そこから大きく回すように掲げた刃を振り下ろすと、僕の身体から滲み出た呪詛の帯は刃の軌道をまるで彗星のようになぞり。


 ガギィ――――


「――――っ!!」


 渾身の一撃を、アイツは“神緯”で防ごうとしました。

 身を引きながら身体の前面を振り上げる太刀筋は、刃の角度で迫り来る攻撃のほぼ全てをかち上げるとなります。

 ですが十分な脱力・弛緩からの十分な注力・緊張が無ければそれは

 僕を屠れる程の強力で凶悪な筈だったそれは、けれど僕の《牙烏カラス》を弾くことは出来ませんでした。


 ギリ、ギチ、ギギィ――――


 鋭く研がれた金属同士が噛み合う嫌な呻きが耳にこびり付きます。

 でも不思議と、嫌な気分ではありませんでした。寧ろ心地良いとすら思えます。


「おいおい、禁止って言ってたんじゃねぇーの!?」


 観客ギャラリーから野次が飛んできます。全く緊張感の無い、不躾な声です。ああ腹が立つ。

 ですので、それを気にすることは一切ありません。

 そもそも、――――この程度の縛りの無視、戦場で御法度になるわけが無いでしょう?


「――っ!!」


 一度ふっと力を抜き、ぎょっとして崩れたアイツの身体を再度強く押します。

 ほんの少し角度を変えましたからアイツはそれに対応し切れずにたたらを踏んで後退します。

 それを追い詰めるのは、勿論このでしょう――――


「――それは」

「お前のものなんかじゃない」


 前に突き出した左手は掌を天に向け、ガイドするように構えた刃の切っ先を触れない程度に包む――――《戦型:月華》。

 目の当たりにしたジュライはぼんやりと開いた口の奥でごくりと唾を飲みました。

 しかしその瞬間にはっとしたように腰を落として牛飼流に構え直し――――


「が――っっ!?」


 その足元から、収束したマナ創り出す不可視の刃が跳ね上がりました。


聖霊魔術スピリットマギア!?」

「そういや《シャドウ》って《シノビ》の上位アルマだっけか!」

「いつ行使したんだ?」

「そんな隙無かっただろ」

「アホか、聖霊魔術スピリットマギアは行使から発動まで遅延時間タイムラグがあるんだよ」


 観客ギャラリーは口々に驚嘆を言葉にします。

 流石に発動時には《視得ざる刃インビジブルエッジ》という魔術名が僕の頭上に浮上ポップアップしていますから、判る人には判ってしまったでしょう。

 でも、だからと言って何がどうなるわけでも無い――――無駄にも思えるでしょうが、聖霊魔術スピリットマギアと言うのは込める魔力MPの量を調節することでその遅延時間タイムラグすらも伸ばすことが出来るのです。

 そして《視得ざる刃インビジブルエッジ》という魔術は、行使の時に対象を指定しておけば発動時に僕の視界から外れていても勝手に追従してくれる優れモノです。

 事前に何度も行使しておけば、《影潜り》で潜っている間にも勝手に攻撃してくれますし。


「――っ、く、」

「遅い!」


 そして放たれた《月》は、またもぎょっと目を見開いたジュライの左肩に切先を深く抉り込みます。本当はその左下にある致命の急所を狙ったのですが、流石にそう易々と殺されてはくれないようです。


 いえ、寧ろそれがいい。

 そうでなきゃ困る。


 僕が有するアニマ《修羅ソウラ》が解放された形である《羅刹メァシカーズ》は、まさしく僕のような殺戮鬼のためのもの。

 人状の形を目にすれば斬って斬って斬りつけて斬り裂いて断ち斬りたい僕のためのようなものです。

 しかも今は、レイヴンから奪った《羅刹メァシカーズ》すら重なっています。やや、影に隠れたがる臆病な気質は持っているものの、解放された今は僕の気質の方が優勢。

 ならば推して参り、斬って去るのみ。


 ジュライはしかし、流石でした。

 戦型スキル《月華》と《黒翼》、それから《視得ざる刃インビジブルエッジ》の波状攻撃をギリギリのところで防ぎ、躱し、致命傷をどうにかこうにか避け続けています。

 でも防戦一方なのは変わらず、形成は既に逆転しました。


 しかも僕は《原型深化レネゲイドフューズ》したことで得た[再生]があり、それを元に、《隷剣解放》によって〈七七式軍刀〉に宿った兵装ウェポンスキル《魔の息吹》により生命力HP魔力MPに転換できるのです。


 魔力MPは枯渇したと思ったか?

 自分よりも格上を相手に短期決戦を決め込んだとでも?


 はぁ? はぁ? はぁ? はぁ? はぁぁぁぁぁぁああああああああ???


ぬるいんだよ!!」


 渾身の力で放った《三の太刀・望月》がジュライの軍刀を押し切ってその右肩に深く食い込みます。


「――ぁ、はっ、――――っっっ」

「馬鹿にしやがって……どいツもこイつも、は!! ――――?」


 え? ――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る