257;月と影.08(千葉懸/綾城ミシェル)

「千葉、お前はどう見る?」

「ん? どっちが、的なやつ?」


 目の前の空間を凝視しながら問い掛けるもんだから、オレに言ってんのかって反応遅れちまったよ。

 さぁて、どうだかねぇ――と勿体ぶろうと首をぐるりと回したせいで、その肝心な場面を見逃した。


「がぁっ!?」


 短く悲鳴じみた叫びが上がった。

 だってぇのに、空間の中心にいるジュライはその場から動けていない。

 ただ異変は感じ取ったみたいで、次にオレ達がそうしたみたく、その叫びの出所を真摯に見詰めていた。


「ぎっ!?」


 次の叫びは、反対側から聞こえた。


「ぎゃっ!」

「なぁっ!?」


 次とその次は、殆ど同時だった。


「何が……?」


 ぐるりと視線を周回させる。

 至る所で悲鳴と共に飛沫が上がり、さめざめと降る雨粒が一瞬赤く咲いた。


「やめろ」


 ジュライの制止は呟いた程の声量にも関わらず強く鼓膜を突き抜ける。

 だけど観客ギャラリーの至る所で散発的に上がる赤い悲鳴は収まらない。


「「「なら止めてみろよ」」」


 少なくとも、三か所から聞こえて来た――その声明こえは。

 確か――あっちのジュライ、いや牛飼七月は、《シャドウ》のアルマを持ってんだったっけな? ミカがそう言ってたと思う。

 まぁそういう芸当が出来るスキル構成は確かに《シャドウ》ぐらいなもんだ。アルマだけの縛りで言えば。


 恐らくは《影分身かげわけみ》で増やした自分を、《影潜り》で潜行させて――いや、《影潜り》は潜ったままは攻撃出来なかった筈。能動的なアクティブスキルを行使つかうには影から出て来ないといけない制約縛りがあった筈だ。

 出て来ながらは攻撃出来るけど、潜ったままじゃ出来ない。つまり《影潜り》ではない――あーっと、《シャドウ》が修得するスキルって何があったっけ? 確か、レベル80で《影潜り》、レベル89は戦型スキルだっけな? そんでレベル100で待望の《影分身かげわけみ》だろ? 次のスキルはレベル113だから……おお、矛盾だ。

 レベル的に、アルマ由来のスキルだけじゃ今この状況は生まれないわけだな。


 するってーと……一番ありそうなのは〔修練〕由来のスキルか。皇国ルミナスの《マスカレイド》が大本命だけど、刀使いはこぞって連邦ギルツに行くからな。あの牛飼七月だかジュライだかもその線だろ。

 その《隷剣解放》もスキル構成によっちゃイケるか? 《解放》はぶっちゃけあんま調べてないんだよなぁ、立花だったらよく知ってそうだけど。

 王国ダーラカの《秘伝》には搦手系のスキルもあったけど、それを修めるくらいなら《竜の武》でも齧ってろって感じだし、帝国アルマキナはスキルじゃ無くて固有兵装ユニークウェポンの強化だからな。

 《マスカレイド》か《解放》か《秘伝》か。それとも〔修練〕ですら無い、別の何かか。

 いやぁ、楽しいねえ! たぎるねえ! 見てるだけってのが寂しくてうずうずすっけどさ!




   ◆




「ルメリオ!」

「あーいよ」


 観客ギャラリーに矛先を向けた七月。それ自体はジュライとの決戦に臨む策だ、看過しよう。

 だがそもそも観客ギャラリーの殆どは我らがクラン【正義の鉄槌マレウス】のメンバーだ。我々の“死んでる勢の殲滅”という意義に賛同し、共に研鑽を重ね、そして謎の強制ログアウトからのログイン、あのレイドを共に生き抜いた、100人程度しかいない大事な仲間なんだ。

 ここは戦場だ。その振る舞いを卑怯とは断じなくも、降り掛かる火の粉は払わねばならない。


観客ギャラリーを避難させろ」

「んー、それって僕ちゃんの仕事っすかねえ? 最近僕ちゃんのこと小間使いか何かだと思ってません?」

「お前一人でやれとは言ってない」

「なるほろひれはれー。しゃーねーっすねぇ、兎に角観客ギャラリーに被害が出ないようにすりゃいいんでしょ? それなら楽勝楽勝☆」


 半面マスクで覆われていない口元、唇の隙間から舌がべろりと舐めずった。

 そして足元からコンソールを立ち上げては、中空に浮かぶ立体映像ホログラムのキーボードに指を走らせる。


「でもなぁー、折角の七月きゅんの考えに考え抜いた策っすからねぇー。防ぐんじゃ無く、自動治癒オートリジェネって感じで行きましょーか!」


 タンッ、と指が跳ねる。

 喧騒の最中にある観客ギャラリーに光が降り注ぎ、[再生]のステートが付与された。

 確かにこの手なら、七月に攻撃された者の傷は自動的に癒えるが……

 思う通りに動いてくれない――――


「さぁて」


 またべろりと舌が唇を濡らす。


「まだ俄然分は悪いけど、どぉすんのぉー? 七月きゅーん?」


 無論、まだ二つか三つの波乱はあるだろう。

 だが恐らくは――この戦いは詰まる所、になるだろうな。

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