256;月と影.07(シーン・クロード)

「うっわ、えっげつなぁ……」

黙れよNize

「んぇっ?」


 横でぎゃあぎゃあ煩い千葉を一喝した俺は、しかし眼前の交戦から目を離すことが出来なかった。

 それは言わば、“武”だった。

 命を奪うことに一度は特化しておきながら、その立ち位置から突き進んだ、誰しもの目を惹く精神性・芸術性を兼ね備えた在り方。


 はっきりとした理念を、俺はその刃が結ぶ軌跡から受け取った。

 それは、相対するナツキとは異なる姿だった。


 ナツキがやったのは、恐らくはこういうことだろう――入場よりも前に《シャドウ》のスキル《影分身かげわけみ》で分裂し、分身の影に《影潜り》で隠れて進み奇襲を仕掛けた。

 だが見事だと言わざるを得ないのはジュライだ。ぶっちゃけ、この場にいる全員の中であれに応じられたのは何人いる?

 俺は――どうだろうな。少なくともとかやってそうだな。


 そして開幕の一撃ファーストヒットを見事に防いだジュライの、これまた見事としか言いようの無い三連撃。


 先ずはかねてから何度も見せた“無拍子の突き”。戦型スタイルによる威力補正は無いものの、あれは本当に出が分からないから困る。気が付けば切先がもう目の前に迫っていて、ギリギリまで引き付けて躱すなんていう選択肢を思考の端から追い出すんだ。


 しかもアレは《戦型スタイル・月華》の《初太刀・月》があるとさらにヤバさを増す。


 戦型スタイルってのは構えだ。つまり《月》は、いつだって必ず同じ構えから繰り出される。

 なまじ威力が強化されているだけに見た目の派手さも相俟って、《月》を目にするとあの“無拍子の突き”への警戒が無くなるんだ。


 そしてそれを躱したナツキに放ったのが、その直前にナツキが放ったのとは何もかもが違う“斬り上げ”。

 瞬時に落とした体からほぼ真上と言ってもいいくらいの角度で放たれるそれは、愚直に洗練された斬撃だった。

 あれ、本来は防御に寄った技なんじゃないか? 何しろ斬り上げる角度のせいで射程距離が短すぎる。出の速度もヤバい速さだ。なら、例えば相手の攻撃を下から斬り上げることで払う、って感じに使われそうだ。

 だがそれを攻撃に転じさせたのはジュライの踏み込みの為せた技だった。

 退く相手との距離を即座に潰す踏み込みと軸足の引き付けはフェンシングさながらだ。ナツキの後退バックステップもそうだが、前後方向への直線運動が常軌を逸している。


 そして最後は、その“斬り上げ”すらも紙一重で躱したナツキを追い討つ、脅威の“薙ぎ払い”だ。

 直前に見せた“斬り上げ”、あれはきっと本来は退ものだった筈だ。そうで無いと斬り上げの角度が腑に落ちない。

 だがあの“薙ぎ払い”はそうじゃない。

 正しくあれは、だった。


 先のレイドでも放っていたっけな……マジで鳥肌もんだった。この世界での俺は鱗肌だってぇのに。


 しかし重要な局面ってのは寧ろここからだろう――――何せその一撃を叩き込まれたナツキは、またもやスキル《影分身かげわけみ》で生み出された分身だったからだ。

 となると当然、じゃあ本体はどこだ、って話になる。

 しかしそれを追おうと躍起になれば心に死角を生む。探そうとする注視は、目の向いていない方向全てに死角を生むからだ。

 そこはジュライも心得ているようで、残心しつつ静かに構えを正しては、全身で気配を受け止めようと集中している。


 気が気じゃ無いのはむしろ観客俺達の方だ――そもそもここはクラン【正義の鉄槌マレウス】の本拠地で、俺達【七月七日ジュライ・セヴンス(仮)】みたく飛び込んで来たり俺の隣に居座る千葉達【☆みんなDE楽しく☆】のような招かれ者は少ない。

 大体の者が、眼前の戦いがどういうものかを知っている。


 クランが目の敵――と言うよりはその存在意義である殲滅の対象とする“死んでる勢”の一人が、どういうわけか二人に分裂した。

 片や亡き妹の想いを強さごと引き継ぎ、片や未だに“七”を左肩に刻んで影を繰る。


 ミカなら、仲間には告げている筈だ。いや、それをしたのはルメリオかも知れないが――ジュライは、その分裂という現象のために討伐対象から外れたと。

 ならば牛飼七月は――ジュライを影から狙うナツキはどうなのか。俺の見立てでは、ナツキはまだその対象から外れていない。


 開戦時に似た静まりは雑念を脳に呼び起こす。

 クソがっFxxk黙れNizeは俺の頭の方だ。


「千葉、お前はどう見る?」

「ん? どっちが、的なやつ?」


 雑な語彙の質問返しに軽く頷く。

 だがその返答が投じられる前に、戦況は次の幕へと翻った。

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