253;世界を愛してくれる人.01(シーン・クロード)

「アンタがノア・クロードの弟だろ?」


 クラン【正義の鉄鎚マレウス】の拠点アジトへと転移を果たした俺達を待っていたのは、あの綾城ミシェルミカがまさか牛飼七月を破り去った光景だった。

 管理者権限チートコードで以て七月を追い掛けた俺達は当然ながら七月の潜伏する場所に来たんだとばかり思っていたものの――そこが見たことのある石造りの要塞の内観で、しかも見知った面々が揃っているのを見て、少なくとも俺だけは何が起きているのかを理解した。


 俺が吐いた咄嗟の出任せは、何と真実を言い当てていたらしい――嘲笑うようなルメリオの視線と笑みがそれを物語っていた。


 そしてジュライと七月とが雌雄を決する約束を交わした後で、二人はクランメンバーに連れられてそれぞれの部屋へと向かった。

 決闘はあと三時間後――全体会議もそれが終わった後に開かれることになった。


「……オタクは?」


 俺がそいつに声を掛けられたのは、そんな折のことだった。

 確かに俺はこの容姿アバターだ。レイドランキングにも載っている手前、有名じゃ無いとは言い切れない。

 だがそれと、俺がノアの弟であるという事実を結び付ける確証は無い筈だ――――場合によっては敵かも知れないその男を前に、俺は気持ちを戦闘用に切り替えながらギロリと睨み付ける。

 だがそうされたソイツは――何とも深い失意の溜息を吐き散らかした。


「……マジかぁ」

「……何がWhat?」

「はぁ」


 ちょっとヤンチャそうな赤髪の冒険者は二度目の溜息を吐いた後で改めて俺を見る。

 何だろうな、コイツ。何となく、どこかで……


「これでも俺、そこそこデカいクランのリーダーなんだけどなぁ……有名税はまだ全額控除か。でもさぁ、レイドを共にした中だってのに、全く覚えられていないってのは寂しいね」

「へぇ、オタクが?」

「ああ。一度目は同じ前衛フロント撃破役アタッカーとして肩を並べたこともあったぜ?」

「二度目は?」

「途中から飽きて家作ってた」


 コイツ! クラン【☆みんなDE楽しく☆】か!!


「うぃっすうぃっす〜☆ クラン【☆みんなDE楽しく☆】のリーダー、千葉県民ちばけんみんっす〜。よろぉ~」


 ヴァスリ三大クランと言えば、【七刀ナナツガタナ】と【正義の鉄鎚マレウス】そして【☆みんなDE楽しく☆】を指す。

 今は半ば瓦解してしまったが、【七刀ナナツガタナ】の目的は“死んでる勢”の保護だ。そしてそんな彼らを討ち滅ぼすべく【正義の鉄鎚マレウス】は在る。

 じゃあ【☆みんなDE楽しく☆】は何を目的に徒党を組んでいるかと言えば――――コイツらは“ガチエンジョイ勢”だ。巷では“エンジョイガチ勢”じゃないか、という説もある。

 兎にも角にも、【☆みんなDE楽しく☆】はこのヴァスリの世界とシステムを楽しむべくして入り浸り、楽しみ尽くすべくして歩き回っている、そんなクランだと言える。


 クランメンバーの強さで言えば【七刀ナナツガタナ】と【正義の鉄鎚マレウス】が二大巨頭だろう――前者が瓦解した今は【正義の鉄鎚マレウス】が筆頭だ。

 だがメンバーの数で言えば【☆みんなDE楽しく☆】が独占トップ。その来るもの拒まず去るもの追わずな性質上、入れ替わりは激しいものの、最盛期の二大巨頭を合わせたとて現在の彼らには匹敵しない。

 それ故に彼らは情報通でもある――情報ギルド顔負けの情報網を世界中に敷き、冒険や攻略に役立てているのだとか。あと、最近はそれを活かして婚活パーティーなんかを始めたらしい。


「エンジョイ勢の頭として、アンタに言っておきたいことがある」

「お、おう……」


 ずい、と詰め寄る千葉県民の眼差しは先程までと違って真剣そのものだ。

 俺とて、エンジョイ勢の面々には感謝している。彼らは兎に角この世界の全てを楽しむために必死だ。通常の冒険では得られない発見や喜びを、いつだって彼らが見つけてくれる。

 この世界を楽しむことに懸命なのだ。

 俺は開発者ノア・クロードの弟として、このヴァスリを楽しんでくれる人が多くいることに感謝している。だからエンジョイ勢の筆頭が言うなら、文句や罵詈雑言も全部受け止めて飲み込むつもりでいる。


「……ヴァスリ、最高っ!!」

「お、おう、……」


 言うや否や、千葉県民は俺の手をがしりと握った。

 唐突の賛辞と握手に面食らった俺だったが、しかし悪い気は一切しなかった。


 それは、俺にとっても嬉しい言葉だったから。

 鼻先に感じるむず痒さを耐え、心が表情に出ないよう顔の中心に力を込める俺に、しかし千葉県民は言い放った。


「だからこそ現状に不満たらたらなんだけどっ!」


 寝耳に水をぶち撒けられた気分だった。だが、その言葉を飲み込むほどにその気持ちは理解出来た――何せ、俺だってそうなのだから。


「ログアウト出来ない問題なんて最早事故だろ、って話だし――それ以前に、前回のレイド、あれ何のつもりだって話だろ? グルンヴルドの時はまだマシだった。それでも行動パターン少な過ぎるだろ、プレイヤーどんだけ飽きさせたいんだ、って。作業じゃ無ぇっつーの」

「あ、ああ……」

「リリースからまだ二か月程度かも知れないけどさ、だからこそ今の時期が大事なんだろ!? アンタの兄ちゃんは開発だけで運営に携わってないかもだけどさ、それにしてもあんまりだって思うぜ!?」

「お、おお……」

「大体、遊べるコンテンツが少な過ぎる! おかげでこちとら四六時中ヴァスリのこと考えてるわっ! アレをこうしたらこうなって楽しめそうとか、アレをああしたらああなって面白そうとか……付き合いたてのほやほやカップルかってーの!」

「す、すまん……」

「こんなにすんげぇ世界なのにさ! 楽しみたくてしょうがないのに、楽しめる筈なのに! ――それを運営は分かってねぇ」


 言葉が出なかった――正直、ここまでの熱量レベルでこのヴァスリの世界を好きになってくれる奴なんて、七夕チィシィ以外に知らなかった。

 面食らった衝撃よりも、目の前にした感動の方がもう上回っていた。


「……Thanks」

「まいぷれじゃー」


 再び、がしりと手と手を握り合った。

 ああ、ノアに会う理由がもう一つ増えてしまった。正しくは目的、かも知れないが。


 お前が作った世界を、こんなにも愛してくれる人がいるんだぞ――そう伝えなければ。絶対に、伝えなければ。

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